第8章 黒田社長はスキャンダルゼロ、女嫌いって有名なの1

西村絵里は淡々と目の前の矢崎凌空を見つめた。彼女の言葉から、自分が東栄インターナショナルのデザイン案を獲得したことを知っているようだった。

先ほどの黒田真一の測り知れない黒い瞳を思い出し、西村絵里は少し考え込んだ。

「申し訳ありませんが、私は黒田社長のベッドにはあまり興味がありません。部長......もしよければ、このコーヒー、代わりにお持ちいただけますか？」

言外の意味は明らかだった。「社長との距離を縮めたいなら、どうぞお好きに」ということだ。

「ふん......」

矢崎凌空は目の前の西村絵里が一応は空気を読んだ様子に、ふっと鼻で笑い、そのまま一歩踏み出して、女の耳元へと囁きかけた。

「西村絵里、今回はあなたが運が良かっただけよ。次回は、デザイン案をそう簡単に獲得できるとは思わないことね。ちょっと顔がいいからって調子に乗らないで。黒田社長は既婚者。ちゃんと奥様がいるの。しかもこの数年、スキャンダルゼロ、女嫌いって有名なのよ。……わかる？」

西村絵里：「......」

ふん、まさに泥棒が泥棒を捕まえろと叫んでいるようなものだ。自分は7つのデザイン案を提出したのに、彼女は最悪の一つを選んだ。

今、彼女は明らかに黒田真一に目がくらみ、嫉妬しているくせに、ここで偽善的に自分に警告している。

西村絵里は唇を噛み、口角に微笑みを浮かべた。

「分かります」

この若い女性は高慢でも焦りもせず、まるで咲き誇るデイジーのようだった。おとなしいようでいて、それでも人を苛立たせる。

女性である自分でさえ、西村絵里の美しさに少し驚かされた。

「これは、あなたへの教訓よ、新人さん。態度を謙虚にしなさい、私はあなたの上司なのだから」

言い終わると、矢崎凌空は西村絵里の手からコーヒーカップを取り、そのまま西村絵里に向かって投げかけた。

投げた後、休憩室の外に人が来ているのを見て、すぐに表情を変えた。

「あぁ......西村絵里、大丈夫？どうしてこんなに不注意なの......」

西村絵里：「......」

さっきまで自分と対立していた女性が一瞬で顔を変え、自分に対して目に心配の色を浮かべている。

わざと最も安価なコーヒーパウダーにお湯を注いだだけで、煮ていなかったが、高温は西村絵里の胸の肌にやけどのような熱さを感じさせた。

元々白かった小さなスーツは、すっかり汚れてしまった。

同じフロアの社員たちが休憩室の騒ぎに気づいて見に来ており、横には水を汲みに来たばかりの女性社員もいた。西村絵里は唇を噛み、卑屈でも傲慢でもなく言った。「ご心配ありがとうございます、部長。次回は気をつけます」

「じゃあ、早くトイレに行って洗ってきなさい。あなたのサイズの服を用意させるわ。汚れたままじゃ、仕事もできないでしょう。卒業したばかりの若い女の子は本当に不注意ね」

皆は矢崎凌空の言葉を聞いて、賞賛の眼差しを送った。新入社員にもこんなに優しいなんて思いもよらなかった。

西村絵里は口角を引き攣らせた。

「はい、部長、お手数をおかけします」

「どういたしまして」

矢崎凌空は花が揺れるように笑い、美しい瞳の笑みの下には陰険さが満ちていた。

ふん、私と争うなんて、西村絵里、あなたはまだまだ甘いわ。

......

西村絵里が休憩室の入り口に着いたとき、思いがけず黒田真一の姿を見た。二人の視線が空中で交差し、西村絵里は先に頭を下げた。

「黒田社長、すみません、先に処理してきます」

「ああ」

黒田真一の出現により、元々休憩室で賑やかだった雰囲気が少し冷え込んだ。皆は恐る恐る言った。

「黒田社長！」

「皆、仕事に戻りなさい」

「はい......」

黒田真一は淡々と矢崎凌空と床に散らばったコーヒーカップを一瞥し、その黒い瞳は測り知れなかった。