西村絵里が黒田真一の唇を手で覆おうとしたため、つま先立ちになり、上半身が男性の胸にぴったりと寄り添うことになった。
西村絵里はお互いの鼓動がほとんど聞こえるほどだった。
西村絵里は唇を噛みながら、ドアの外から近づいてくる足音を聞いていた……
……
矢崎凌空はトイレに入ると、洗面台の端に白い小さなスーツジャケットが置かれているだけで誰もいないことに気づいた。視線を少し離れた更衣室に向けると、口元に笑みを浮かべながら大股で歩いていき、手に持っていたシャツを中に投げ入れた。
「着替えなさい、これは高級シャツよ、あなたが着ているような安物じゃないわ」
西村絵里:「……」
シャツが上から投げ込まれ、黒田真一の顔に直撃した。西村絵里は目の前の男性を見ると、彼の表情がすでに険しくなっていた。
自分がまだ男性の唇を手で覆っていることに気づき、少し頬を赤らめながら、西村絵里は素早く手を引っ込めたが、それでも不安で「しーっ」というジェスチャーをした。
もし矢崎凌空に自分と黒田真一が一緒にいるところを見つかったら。
黒田グループのデザイン部門には、もう自分の居場所はなくなるだろう。
「あの……部長、ありがとうございます」
「早く着替えなさい、その汚れた服を私によこしなさい。クリーニング係の人が来たわ、デザイン部で待っているから、ついでにあなたの安物も洗ってもらうわ……西村絵里、あなた、私みたいにいい上司をどこで見つけるの?」
西村絵里は唇を引き締めた。実際、矢崎凌空こそが元凶なのに、自分の前で良い人を演じている。しかし、着替えるとなると、心臓がドキッとした。
自分と黒田真一が一緒にいるのに、どうやって着替えるの?
恐る恐る、美しい瞳を彼に向ける。男の黒い瞳は奥深く不明瞭で、冷たい光を放ち、何を考えているのか読み取れなかった。
「部長……少し外で待っていただけませんか?着替えたらすぐに持っていきます」
「西村絵里、ああんた、ほんとに面倒な女ね。人の案件を奪うだけじゃ飽き足らず、黒田社長のベッドまで狙ってるってわけ?早く、3分だけ時間をあげるわ。着替えないなら、私が入って手伝ってあげるわよ」
西村絵里:「……」
どうしよう?
黒田真一が目の前にいるのに、まさか彼の前で着替えるの?
でも矢崎凌空がドアの外にいる!状況は切迫している。
男性の前で着替えるか、今後デザイン部にいられなくなるか、西村絵里はすぐに決断した。
「わかりました」
西村絵里は唇を噛みながら、男性の深い黒い瞳を見つめ、視線をそらすよう合図した。黒田真一は視線を下に向け、非常に紳士的だった。
西村絵里はゆっくりと小さな手を腰に伸ばし、思い切って、自分の黒い薄手のシルバーシャツを素早く脱いだ。
下腹部には、白い玉のような肌の上に一本の刀傷があり、特に目立っていて、少し恐ろしげだった。
黒田真一の視線は、自然と彼女の下腹部に引き寄せられていった。
ただ、この傷跡は腹部の中央にあるが、通常、虫垂炎の手術痕は腹部右側にあるはずではないか?
黒田真一がよく見る間もなく、西村絵里がすでに慌ただしく矢崎凌空が用意した白いシャツを着て、慌てて胸元のボタンを留めているのが見えた。
「西村絵里、実はあなたは賢い人よ。新人が勤勉なのはいいことだけど、あまり積極的に出世しようとしないで。それに、男性についても、自分が手に入れられる相手かどうか見極めなさい」
「私は……黒田奥様とはとても親しいのよ。会社では、私が黒田奥様の目となっているの。だから……恨まないでね、私は黒田奥様のために、疑わしい人物を全て黒田社長の側から追い出さなければならないの」