しかし彼は決して彼女に対して越えてはならない一線を越えるようなことはしなかった。
「藤原海翔、過去のことはもう蒸し返さないで」
西村绘里はしばらくして、淡々と口を開いた。
過去の傷は、一度開けば一度痛む。今は自分と甘奈はとても良い関係で、西村安国もあと1年ほどで刑期を終え、出所できる。
その時には、家族三人でまた一緒になれる。
「绘里ちゃん、俺のところに戻ってきてよ。あの時、香坂悠生なんかのクズのために俺を拒絶するべきじゃなかったんだ…」
西村绘里:「……」
香坂悠生という三文字が彼女の心に重く響き渡った。
ある人のことは、誰かに言及されなければ忘れられると思っていたが、実際には彼の名前は自分の心の奥底、骨や血の中に刻まれていた。
西村绘里の表情がわずかに変わり、藤原海翔はその女性の様子を見逃さず、自分が愚かなことを言ったと気づき、彼女の側に近づき、磁性のある妖艶な声で誘いかけた。
「绘里ちゃん、約束するよ。これからは君を傷つけたりしない。西村おじさんのことも、人を通して…」
「必要ないわ」
西村绘里の美しい瞳はやや暗く曇っていた。これほど長く上訴しても何の知らせもなく、すでに4年も服役している。今さら騒ぎ立てれば、かつての公金流用の件をもう一度蒸し返すようなもので、西村安国はこの年齢では耐えられないだろう。
西村绘里は口元に苦笑を浮かべ、今日は仕事で来ていることを思い出し、目の前のワイングラスを持ち上げ、藤原海翔を見つめ、背筋を伸ばした。
「藤原海翔、私たちが旧知の間柄ということで、私の作品『匠心』をよろしくお願いします。私のデザインコンセプトは東栄インターナショナルの理念にとても合っていると思います。シンプルで明快、そして大胆です」
職場では、実力は一部分で、もう一部分は人脈だ。藤原海翔が旧知の間柄なら、西村绘里は自分のために少しでも有利になるよう働きかけたいと思った。結局、誰も自分の生計を危うくしたくはないのだから。
藤原海翔は目を細め、西村绘里のグラスに揺れる液体を見つめ、口元にかすかな笑みを浮かべた。
西村绘里は彼との間に一線を引くつもりのようだ。
この女、冷たい!くそ、自分がバカだった。告白を拒否されてこれほど長い間、遊び人をしながらも彼女のことを思い続けていた。
「绘里ちゃん、俺とそんなに他人行儀にならなくてもいいじゃないか?」
「当然よ。あなたは仙台の皇太子で、お爺さまは建国の功労者。藤原家は政界でも財界でも仙台では驚異的な勢力を持っている。一方私は今や孤児で、とても釣り合わないわ」
西村家が事件に巻き込まれた後、皆が意図的に避けるようになった。その理由は、巻き込まれることを恐れてのことだろう。
だから西村绘里も今は藤原海翔と近づきたくなかった。彼の政治的キャリアに影響を与えたくなかったのだ。
藤原海翔の顔色がどんどん暗く、醜くなっていくのを見て、長年の付き合いから西村绘里は彼が怒っていることを知った。グラスのカクテルを一気に飲み干し、そして口を開いた。
「先に乾杯するわ。ごめんなさい、藤原海翔、他に用事があるので、先に失礼します」
藤原海翔は西村绘里が帰ろうとするのを聞き、大きな手で彼女の細く白い手首を掴んだ。
「绘里ちゃん、どうしてもビジネスライクにいきたいなら、それもいい。今夜、俺と一緒にいてくれれば、君の『匠心』は東栄インターナショナルに採用される。そうでなければ、俺は明日にでも適当に誰かを見つけてデザインさせるよ」
西村绘里:「……」
藤原三郎、また子供じみた駄々をこねるつもりか。
西村绘里は眉をひそめ、不機嫌そうに言った。「藤原海翔、ふざけないで」
「西村绘里、君に言う言葉は、どれも本気だ」
幻想的な灯りの下、藤原海翔の言葉は彼女の心に重く響き、西村绘里はやや恍惚とした。