堇顔

表向きだけの結婚契約――有効期限は3年。
形だけの夫婦関係、まるで他人同然。
そして契約終了を目前に、彼女は新たな職場に就職する。まさか、その上司が夫だった。
「すみません。邪魔するつもりはありません。ただ、黒田グループを選んだのは……お給料が良かったからです」
冷静な態度で履歴書をめくる男は、ふと問いかけた。
「西村絵里、19歳のとき、どうして1年間休学していたの？」
「……大学1年の時、家庭に少し事情がありまして」
「そう？じゃあ、なぜ下腹部に傷があるの？」
「……虫垂炎です」
その瞳は、どこまでも深く、彼女の心を見透かすようだった。
3年の契約が満了し、彼女は痛みを堪えながら、静かに、そして毅然と背を向けて離婚届にサインした。
けれどその後も、なぜか元夫はしつこく付きまとってきて……
さらには、彼女の恋のチャンスまで次々と潰してくる。

黒田さん、結婚して見ませんか～

黒田真一の間接的なキスについての発言により、デザイン部の雰囲気は一時的に奇妙なものとなった。


西村絵里は頬を少し赤らめ、目の前の黒田真一を見つめたが、不自然に視線を逸らした。


村上秘書はすでに空気を読んで姿を消し、黒田真一と西村絵里の二人に空間を譲っていた。


黒田社長の言葉はいつも的を射ている。自分のような凡人にはどうして理解できようか。


五つ星ホテルの出前を食べずに、西村さんが持ってきたお弁当を食べるなんて、黒田社長はこのように常識外れのことをするのだ。


目の前で優雅に食事をする男性を見ながら、西村絵里は心の中の不満を押し殺し、立ち上がって口元に微笑みを浮かべた。


「黒田社長……どうぞお召し上がりください。私は少し外の空気を吸ってきます。今はお昼休みですし、黒田社長も誰かに見られながら昼食を取る習慣はないでしょうから」


第34章 男にとっては挑発(1)

第34章男にとっては挑発(1)