「いいえ」
西村絵里は手の中のものを捨てようとしたが、矢崎凌空に聞かれたら説明できないと心配した。
結局、矢崎凌空のような人なら、物がなくなれば必ず騒ぎ立てて返せと言ってくるだろう……
こういう人が一番嫌だ。
西村絵里は美しい瞳を少し顰め、これをどうしたらいいのだろう?
……
黒田真一が車内に座ると、西村絵里が眉を曇らせている様子が目に入り、薄い唇を引き締めた。
「どうしたの?」
「何でもないわ」
西村絵里は口角をわずかに引きつらせた。矢崎凌空が裏で黒田真一と寝る方法を話し合っていたなんて、言えるわけがない。
こういう女同士の揉め事は。
西村絵里は黒田真一に頼って一緒に争うつもりはなかった。
それに……
矢崎凌空のような人には、西村絵里はそもそも注意を払いたくなかった。