社長室内。
ボスは少し人懐っこく、いたずら好きだが、確かに簡単に物を噛み裂くような犬ではなかった。
しかし村上念美は考え直してみた。ボスが突然興奮して、ドレスを噛み裂いたのは…おそらく偶然ではなく、意図的なものだったのだろう。
結局、藤原景裕はそんなにつまらない人間ではない。
結局、ボスを操れる人間は、藤原景裕以外にいないのだから。
……
手の中の小切手を握りしめながら、村上念美は藤原景裕が自分との関係をはっきりさせようとしていることを理解していた。
心が痛み、村上念美は目の前の美食を食べながら、自ら話題を変えた。
「そういえば、来春さん、大旦那様のお体の具合はいかがですか」
「大旦那様ですか、お体は悪くないですよ。ただ、若旦那が早く結婚することを望んでいらっしゃるだけです」
村上念美は来春さんの言葉を聞いて、口元を引き締めた。藤原大旦那様は考え方が伝統的で、いつも他人に強制することを好むが、自分は彼のことが好きだった。
以前、自分がよく藤原家に通っていた頃、藤原大旦那様は藤原景裕に自分を大切にするよう、一途に愛するようにと言い聞かせていた。
大旦那様の世代の考え方では、愛情はそうあるべきで、結婚もそうでなければならなかった。
一人を決めたら、一途に、この人生に悔いなく。
しかし来春さんの話を聞く限り、藤原景裕はまだ藤原家の人々に自分が既婚であることを話していないようだ。
そうだろう…あの人が自分と藤原景裕が結婚したことを知ったら、おそらくこんなに落ち着いてはいられないだろう。きっとすぐに押しかけてくるはずだ。
村上念美は唇を噛み、大旦那様の体調が悪くないと知って安心した。
「念美、実はね、大旦那様はずっとあなたのことを気にかけていらっしゃるのよ。時間があれば、会いに行ってあげてね。大旦那様も知っているわ、あなただけが若旦那の心を掴めるって。若旦那は…実はこの何年もあなたのことを忘れていないのよ」
村上念美:「……」
藤原景裕が自分を忘れていないのではなく…当時のことを恨んでいるのだろう。
村上念美の口元に苦い笑みが浮かんだ。来春さんはおそらく自分の妊娠のことを知らないのだろう。そうでなければ、来春さんの率直な性格からして、きっと妊娠中の注意点を細かく言い聞かせていたはずだ。
「はい、ありがとう来春さん、わかりました」