ある高級ガーデンヴィラの住宅地。
北川蒼涼は車から降りると、一軒の独立したヴィラへ真っ直ぐ歩いていき、インターホンを鳴らした。質素ながらも上品な装いの婦人が自ら彼を迎え入れた。
「蒼涼、今日はどうして時間があったの?」
もし青木朝音が今日ここにいたなら、この婦人が先日彼女から忘憂の匂い袋を買った人だと気づいただろう。
「林田おばさん、九斗を見に来たんです。最近元気にしてる?」
北川蒼涼の声は穏やかで、この家に慣れた様子から、この家族とはよく知り合いのようだった。
林田芸乃歩は珍しく笑顔を見せた。「元気よ。それにね、この前路上の屋台で買った匂い袋、効果が本当に良くて。彼は今毎晩ぐっすり眠れるようになったのよ」
「匂い袋?どんな匂い袋?」北川蒼涼は驚いた。
「ほら、九斗の部屋に行きましょう。見せてあげるわ」
林田芸乃歩の今の気分は前回よりずっと良くなっていて、少なくともあんなに憂いに満ちた表情ではなくなっていた。
薄暗い部屋に入ると、カーテンが引かれ、窓も閉まっていた。13、4歳の少年がベッドに半分寝そべって漫画を読んでいた。本来なら整った顔立ちだが、病的なほど青白い顔色をしていた。
「九斗、蒼涼お兄さんが会いに来てくれたわよ」林田芸乃歩はわざわざ電気をつけ、嬉しそうに言った。
すると墨川九斗の目が輝き、漫画を置くと、ゆっくりと体を起こして座り直し、来客を見て喜んで呼びかけた。「蒼涼お兄さん」
北川蒼涼は大股で近づき、愛情を込めて彼の頭を撫でた。「最近よく眠れてるって聞いたよ?」
「うん、僕は宝物を持ってるんだ。蒼涼お兄さん、見て!これはママが買ってくれたもので、効果がすごくいいんだ。毎晩この香りを嗅ぐと眠れるようになったんだ」
墨川九斗は枕元にあった匂い袋を大切そうに取り上げ、北川蒼涼に見せた。
林田芸乃歩が言った。「あの匂い袋は本当に不思議なの。九斗はここ数日、まるで別人のように静かで、物を投げたりしなくなったわ。本当はあの人にお礼を言いに行きたかったんだけど、もうあそこで屋台を出していなかったの」
北川蒼涼は匂い袋に書かれた「忘憂」の二文字を見て、信じられないという様子で声を上げた。「忘憂の匂い袋?」