第280章 あなたは一人じゃない、私がいるから(10)

髙橋綾人が静かに頷いた後、田中白はようやく振り向き、森川記憶に向かって言った。「森川さん、さようなら」

「さようなら」森川記憶の返事は、かすかに聞こえるほど小さかった。

田中白は気にせず、森川記憶に優しく微笑んで、彼女の横をすり抜け、足早に髙橋綾人のスイートルームから出て行った。

すぐ後ろでドアが静かに閉まる音と共に、森川記憶の持っていた持ち帰り袋を握る指先が、思わず強く震えた。

髙橋綾人の頭の中で何を考えているのか分からないが、田中白が去った後、彼の視線は再び彼女の顔に戻り、じっと見つめながらも、なかなか口を開こうとしなかった。

もともと心の準備ができていなかった森川記憶は、内心ずっと緊張していたが、髙橋綾人にこのように見られると、さらに動揺し、無意識のうちに髙橋綾人の方向を見ていた視線を引き戻し、足先に落とした。