第320章 『方圓數里』(10)

佐藤未来は言葉も発さず、足早に歩いていた。

「ここではタクシーを拾えないよ。信じるなら乗って、信じないなら、自転車を降りて君をホテルまで背負って行くよ」そう言いながら、菅生知海は自転車を佐藤未来の前に横たえ、彼女の行く手を阻んだ。

佐藤未来が振り向くと、菅生知海は手を伸ばして彼女の手首を掴み、自分の方へ引き寄せ、少し頭を下げて彼女の耳元に囁いた。「それとも、本当は僕に背負われて帰りたいのかな?」

「あなたって!」佐藤未来は顔を赤らめた。

菅生知海は眩しいほど明るく笑った。「3、2…」

「1」と言う前に、菅生知海はすでに自転車から降りる素振りを見せていた。

菅生知海に一晩中付きまとわれた佐藤未来は、彼が言ったことは必ず実行することを知っていた。彼が本当に無理やり彼女を背負ってホテルまで連れて行くのではないかと恐れ、急いで声を出した。「ありがとう」

この言葉を聞いて、菅生知海は佐藤未来が承諾したことを理解し、唇を曲げて微笑んだ。「君をホテルまで背負えないのは少し残念だけど、自転車で送れるのも幸せだよ」

佐藤未来は菅生知海の言葉に反応しなかった。

しかし菅生知海はまったく気にせず、自分の後ろの座席に向かって、招くような手振りをした。「僕の好きな女の子、どうぞ乗って」

佐藤未来は顔をそむけ、菅生知海を見なかったが、彼の自転車に乗った。

道中、菅生知海は常に佐藤未来と話す話題を探していた。佐藤未来はほとんど返事をしなかったが、彼は一人で話し続け、とても興奮していた。

「どうして本を書くことを選んだの?」

「本を書く女の子はみんなそんなに気品があるの?」

「そんなにたくさんの物語をどうやって思いつくの?」

「僕をあなたの物語に書いてみない?」

「……」

ホテルの入り口に到着すると、菅生知海は足で地面を踏み、強引に自転車を止めた。

道中ほとんど口を開かなかった佐藤未来は、自転車から降りる時、小さな声で菅生知海に言った。「ありがとう」

「どういたしまして」菅生知海は振り向き、佐藤未来に再び眩しい笑顔を向けた。

佐藤未来は目をそらし、「さようなら」と言って、ホテルの方へ歩き始めた。