森川記憶はまだ髙橋綾人のあの長い話から抜け出せていなかった。彼女は少し黙った後、ようやく彼が何を言ったのか理解し、言葉を発することなく、ただ軽くうなずいた。
……
田中白は食事の途中で出て行ったきり、二度と戻ってこなかった。
車は近くの駐車場に停めてあり、髙橋綾人は森川記憶をホテルまで車で送った。
田中白が予約したホテルは、琵琶湖のすぐそばにあり、湖に面して建てられていた。
車で行くと、おそらく10分ほどだった。
おそらく二人が琵琶湖の畔を散歩している時に、多くを語り合ったせいか、車に乗ってからは、お互いに自ら話し始めることはなかった。
車内のラジオはつけておらず、エアコンの吹き出し口から出る微かな冷風以外、車内の雰囲気は静まり返っていて、森川記憶はかすかに髙橋綾人の呼吸音さえ聞こえるようだった。