何かしたいと思ったが、森川記憶ははっきりとはわからなかった。ただ心が乱れていて、立ち上がって歩き回れば呼吸が楽になるような気がした。
彼女は宴会場の周りを、目的もなくあちこち歩き回っていた。自分でも何度目かわからないほど髙橋綾人と夏目美咲が入ったエレベーターの前を通りかかったとき、ちょうどエレベーターのドアが開いた。彼女の頭が反応する前に、体はすでにエレベーターの中に足を踏み入れていた。
森川記憶の部屋は髙橋綾人の部屋のすぐ隣だった。
宿泊階に到着し、エレベーターを出た森川記憶は長い廊下に沿って自分の部屋へと向かった。
髙橋綾人の部屋の前を通りかかったとき、森川記憶は彼の部屋のドアが半開きになっていることに気づいた。
部屋の中は明かりがついており、まぶしい光が彼のドア前の一帯を非常に明るく照らしていた。
好奇心から、森川記憶はこっそりと髙橋綾人の部屋の中を覗き込んだ。
髙橋綾人はソファに座り、手に請求書を持って署名をしているところだった。
一人のホテルスタッフが彼の隣に立ち、笑顔で待っていた。
髙橋綾人が署名を終えると、スタッフは手に持っていた袋を彼に渡した。髙橋綾人がそれを受け取ると、スタッフは丁寧に別れの挨拶をした。
森川記憶は部屋の中の人に覗いているところを見られるのを恐れ、急いで足早に髙橋綾人の部屋のドアを通り過ぎた。すると、かすかに髙橋綾人の部屋から柔らかい女性の声が聞こえてきた。「綾人、物は持ってきた?」
物?何の物?スタッフが今髙橋綾人に渡したあの黒い袋のことだろうか?
森川記憶は自分がどこからこんなに強い好奇心を持ったのかわからなかったが、思わず足を遅くした。
残念なことに、髙橋綾人の返事を聞く前に、スタッフが彼の部屋から出てきて、気遣い深くドアも閉めてしまった。
スタッフは廊下に人がいるとは思っていなかったようで、森川記憶を見ると一瞬驚いたが、すぐに彼女に微笑みかけて「こんにちは」と挨拶した。
森川記憶はルームキーを取り出すふりをして、スタッフに軽く頷いた。
スタッフは何も言わず、再び敬意を込めた笑顔を返し、彼女の横を通り過ぎて去っていった。