第364章 千本の修正液(4)

森川記憶は息を殺し、全神経を集中して暫く聞いていると、隣の部屋から微かな水の流れる音が聞こえてきた。

水の流れる音……

森川記憶は無意識に顔を上げ、頭上のシャワーヘッドを見上げた……

誰かがシャワーを浴びているのだろうか?

隣の部屋には、髙橋綾人と夏目美咲しかいない。彼らがシャワーを浴びる理由は何だろう?

この考えが森川記憶の心をよぎった瞬間、髙橋綾人と夏目美咲がキスし絡み合うシーンが次々と彼女の脳裏をよぎった。

森川記憶の指先が軽く震え、その場に凍りついた。

彼女は呆然と顔を上げたまま、じっとシャワーヘッドを見つめ続け、首が痛くなってようやく視線を戻し、頭を下げた。

彼らは今彼女が想像したようなことはしていないはずだ。でも、男女二人きりで部屋にいて、しかもシャワーまで浴びて……だから、さっき髙橋綾人の部屋の前を通ったとき、給仕が髙橋綾人に渡した黒い袋の中身はコンドームだったのではないだろうか?

森川記憶の心に、かすかな痛みが走った。彼女はゆっくりと振り返り、さっき耳を当てた壁を見たが、もう一度壁に耳を当てて隣の部屋の様子を聞く勇気はなかった。

なぜ怖いのか自分でもわからなかったが、彼女は怖かった。髙橋綾人と夏目美咲が本当に彼女の想像通りのことをしているのを聞くのが怖かった……

森川記憶は滑らかな浴槽の中に立ったまま、しばらくぼんやりとした後、ようやく洗面所から出てきた。

彼女はぼんやりとベッドに向かい、座ったとたん、視線はベッドサイドテーブルの後ろの壁に固定された。

壁一枚隔てた向こう側は、髙橋綾人のベッドで、彼と夏目美咲はそこにいる……

部屋の空気が一瞬で薄くなったように感じ、森川記憶がどれだけ必死に呼吸しても、息苦しさを感じた。

さっき彼女は大変な努力をして、かろうじて水の流れる音を聞いただけだった。ホテルの部屋の防音効果がとても良いことは知っていたが、この時、彼女の耳には顔を赤らめるような喘ぎ声が次々と聞こえてくるような気がした。

森川記憶は、このままこの部屋にいたら絶対に発狂すると思った。彼女はルームキーさえ持たず、携帯電話だけを掴むと、慌てて部屋を飛び出し、エレベーターに向かった。

まだ賑やかな宴会場に戻ると、森川記憶はようやく少し楽になった気がした。彼女はグラスを一杯取り、適当に隅の席に座った。