電話を切ると、髙橋綾人はタバコを口元に持っていき、一服吸い、ゆっくりと煙の輪を吐き出しながら、車の窓を下げ、頭を上げて、遠くの高層ビルを見つめた。煙の向こう側から、彼が住んでいる階の明かりのついた窓に視線を留めた。
長い間見つめていたが、髙橋綾人の携帯に電話がかかってきて、ようやく瞬きをし、ゆっくりと視線を戻した。携帯の画面をちらりと見ると、会社からの電話だった。おそらく彼がいつ戻るのかを急かしているのだろう。彼は応答せず、指先のタバコを消し、再びアクセルを踏み、ゆっくりと走り去った。
-
ドアが再び開かれ、森川記憶は入ってきたのが夏目医師を見送った髙橋綾人だと思い、緩んでいた体が本能的に緊張した。しかし、井上ママの声が聞こえてきた。「森川さん」
森川記憶は一瞬驚き、2秒ほど経ってから顔を上げて見ると、井上ママだけがいた。