すぐに、田中白は視線を戻し、「高橋社長、森川さん、お邪魔はしません」と言い残して、先に階段を上がった。
髙橋綾人は部屋のカードキーを森川記憶の手に渡さず、指先で弄びながら、ホテルのロビー階にまだ営業しているカフェに向かって、何気なく言った。「コーヒーを買いに付き合ってくれないか」
おそらく車の中で、二人がキスしそうになったせいで、森川記憶は少し居心地が悪く、髙橋綾人の言葉を聞いた後、彼を見る目線はやや落ち着かない様子だった。「いいわよ」
髙橋綾人が注文する時、森川記憶に尋ねた。「何か飲む?」
森川記憶は頭を振って、要らないと示した。
しかし髙橋綾人は森川記憶のためにホットミルクを一杯注文した。
森川記憶は髙橋綾人がテイクアウトして部屋で飲むと思っていたが、彼が支払いを済ませた後、窓際の席を指さして「あそこに座ろう」と言ったのは意外だった。
一杯のコーヒーはすぐに底が見えた。森川記憶はもう部屋に戻れると思ったが、髙橋綾人は店員を呼んでおかわりを注文した。
夜にコーヒーを飲みすぎると眠れなくなる。森川記憶は髙橋綾人が三度目のおかわりを頼んだ時、思わず注意した。「そんなにたくさんコーヒーを飲むと、夜眠れなくなるわよ」
コーヒーカップを口元に運んでいた髙橋綾人は、森川記憶の言葉を聞いて、まぶたを上げて彼女を一瞥した。そのとき、ポケットの携帯が振動し始めた。彼は黙って振動の回数を数えた。ちょうど5回、田中白からの合図だった。そこでコーヒーカップを口元から下ろし、ナプキンを取って口角を拭いた。「行こう、部屋に戻ろう」
森川記憶の部屋と髙橋綾人の部屋は同じ階にあった。
エレベーターを出ると、髙橋綾人は沈黙を破った。「俺の部屋に寄ってくれないか。渡したいものがある」
今日は森川記憶の誕生日だった。彼女は無意識に髙橋綾人が自分へのバースデープレゼントを買ったのだと思い、唇の端を引き上げて、首を傾げて尋ねた。「誕生日プレゼント?」
髙橋綾人はそうだとも違うとも言わず、自分の部屋のドアの前に立ち、カードキーでドアを開けた。
ドアを開け、森川記憶が部屋に入った後、彼も続いて入った。
ドアを閉めると、彼は部屋の中へは進まず、玄関のトイレのドアの前で立ち止まった。「先に中に座っていてくれ。トイレに行ってくる」