第618章 発見された結婚証明書(21)

菅生知海の秘書の唇が動き続けていた。おそらく自分に話しかけているのだろう。佐藤未来は必死に聞こうとしたが、どうしたことか周りの音が聞こえない。耳の中には菅生知海が先ほど言った言葉だけが響いていた。

酸っぱい感覚が佐藤未来の目の奥に這い上がってきた。菅生知海の秘書の前で涙を見せるのが怖くて、急いで視線を外し、機械的に体を回して、エレベーターに向かった。

エレベーターに乗り込んだ佐藤未来はしばらく立ちつくした後、自分がフロアのボタンを押していないことに気づいた。やっと1階に着いたのに、彼女は降りるのを忘れ、エレベーターに乗ったまま最上階まで上がってしまった。このように何度もエレベーターの中で行ったり来たりした後、佐藤未来はようやく菅生知海の会社がある建物から出ることができた。

彼女はどこに行くべきか分からなかった。どこに行こうとしているのかも分からなかった。ただ目的もなく通りを歩き続け、疲れて歩けなくなったとき、道端の適当な場所に座り込んだ。

漆黒の瞳で目の前の通りを見つめながら、彼女は静かに座っていた。涙を流す様子は全くなかった。

彼女は思い出した。小さい頃、母親が亡くなり、仕事で忙しい父親には彼女の面倒を見る時間がなかった。多くの場合、彼女は一人で家にいて、宿題をし、絵里を描き、医学書を読み、ピアノを弾いていた……彼女はずっととても良い子だった。なぜなら、亡くなった母親と忙しい父親が彼女に言っていたから。彼女が良い子にしていれば、週末に遊びに連れて行ってくれると。

大人になって初めて、それが彼女を喜ばせるための嘘だったと知った。

おそらく幼い頃から一人で自立することに慣れていたため、後の彼女は人に頼ることが少なくなった。菅生知海に出会うまでは……

しかし物語の真実はなんと悲しいことか。彼女を地獄に突き落とした人は、かつて彼女を天国に連れて行ってくれた人だった。

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髙橋綾人が怒りに満ちて去った後、菅生知海は床に横たわったまま、長い間動かなかった。オフィスのドアがノックされるまで、彼はようやく床を支えて立ち上がった。

秘書が入ってきて、ひどい姿の菅生知海を一目見ただけで、頭を下げた。「菅生社長、救急車を呼びましょうか?」

「必要ない」菅生知海は軽い口調で答えると、よろめく足取りでデスクに向かい、テーブルの上からタバコの箱を取った。