第12章 彼の匂い

「お嬢様、あなたと若様の婚姻は、あなた一人の問題ではありません。夏野家族全体の名誉と盛衰に関わることです。あなたが一言で離婚すると言えば、あなたの一言でどれだけの人が災難に遭い、また、どれだけの人が失業し、さらには何もかも失うことになるか、ご存知ですか？

夏野グループ全体が、取り返しのつかない状況に陥る可能性もあります。」

「そんなに大げさなの？」夏野暖香は信じられない様子だった。

「もちろんです。」芸子は夏野暖香の手を掴んで言った。「以前、夏野家が南条家と縁を結べたのは、すでに天にも昇る幸運でした。ですからお嬢様、今後はこのような発言は、絶対になさらないでください。もし旦那様がお知りになれば、怒り死にしてしまいます。」

夏野暖香：……

「じゃあ離婚しないけど、芸子……」夏野暖香は彼女にまとわりつき、彼女の腕を掴んで言った。「避妊薬を買ってきてくれない？」

「お嬢様、冗談はやめてください……」

「あれ……芸子、あなたの腕……」夏野暖香は芸子の腕を掴み、突然滑らかでないことに気づいた。顔を下げると、芸子の手首に引っかかれたような傷跡が見えた。

芸子はそれを聞いて驚き、すぐに一歩後退し、夏野暖香の手を振り払い、顔色が青ざめて袖口で腕を隠した。「何でも……ただ猫に引っかかれただけです……」

夏野暖香は彼女の異常な行動に驚いた。

「芸子、大丈夫？猫に引っかかれたなら病院に行った方がいいんじゃない？」引っかかれただけでそんなに大げさな反応をする必要ある？

芸子は急いで首を振った。「い、いいえ、もう見てもらいました……」そう言って、芸子は再び夏野暖香をじっと見つめ、深く見つめながら尋ねた。「お嬢様、本当に……何も覚えていないのですか？」

どうしてまたこの話題？

夏野暖香は理解できなかったが、笑って言った。「そうよ、本当に覚えていないわ。」

芸子はもう少し彼女を見つめてから、笑って言った。「お嬢様、本当にお手伝いできません。料理を作りに戻らなければ……」

芸子はそう言うと、急いで立ち去った。

芸子が去った後、夏野暖香は仕方なくベッドに横たわり、考えれば考えるほど気が滅入った。離婚できないということは、この男とずっと縺れ合わなければならないということではないか？昼間のあの艶やかな場面を思い出すと、自分の体の中にまだ男の物が残っているような気がして、とても不快だった。

彼女は洗面所に走り、シャワーを浴びることができないので、清水で下半身を何度も何度も洗った。しかし、最後まで体に彼の匂いが残っているような気がした。

本当に嫌！

夏野暖香が病室に戻ろうとしたとき、突然、閉まっているドアの外で騒がしい声が聞こえた。

彼女はハッとして、ドアのところに走った。ドア越しに、かすかに会話が聞こえた。男が大声で叫び、二人の従者が彼と何かを議論しているようだった。

この声、どこかで聞いたことがある？

夏野暖香は考えて、突然思い出した。彼女が目覚めたときも、この男が大声で叫んでいたような気がする。彼女が間違った人と結婚したとか、死んだ方がましだとか言っていた。

彼はいつも彼女を罵っていたが、以前の夏野暖香のことをかなり気にかけているようだった。

それなら……夏野暖香は辺りを見回し、遠くの窓際に病院の記録用の小さなノートとペンを見つけた。彼女の目が輝いた。

「なぜ彼女に会わせないんだ？彼女はもう目を覚ましたんだぞ、なぜ会わせないんだ？俺は彼女の友人であり、家族だ！入れてくれ！さもないと容赦しないぞ！」

男は病室のドアの外に立ち、四角い顔に眉をひそめ、漆黒の瞳に怒りを満たし、額の血管が浮き出て、まるで次の瞬間にでも誰かと喧嘩を始めそうだった。