橋本健太の動きが一瞬固まった。
「そういうことだったのか」彼は彼女を見つめ、瞳が一瞬で暗くなり、目には失望の色が浮かんだ。
「そうよ」
「私は小説をあまり読まないから……もちろん知らなかった」彼は彼女の返事を巧みに利用して、彼女の質問を避けた。
夏野暖香は胸が痛むのを感じた。
橋本健太は突然尋ねた。「タバコを吸ってもいいかな?」
夏野暖香は一瞬戸惑い、それから頷いた。「もちろん……」
橋本健太はタバコを取り出し、ライターで何度か火をつけようとしたが、明らかに手が少し震えていて、何度試しても火がつかなかった。
ようやく火がついて、煙の輪が少しずつ立ち上り、霧のように広がった。
彼もその朦朧とした煙の中で、突然立ち上がった。
「先に戻るよ」彼は彼女を見つめ、心は乱れていたが、表面上は礼儀正しい微笑みを保っていた。
夏野暖香も懸命に笑顔を作った。「お話に付き合ってくれてありがとう……それと、私たちが会ったことを南条陽凌に伝えないでもらえる?」
橋本健太は一瞬驚いた。
数秒後、彼は言った。「わかった」
「おやすみなさい」
「おやすみ……」
橋本健太を見送った後、夏野暖香はドアを閉め、体全体がドアに沿ってゆっくりと崩れ落ちた。
激しい涙があふれ出た。
南條漠真、本当にあなただったのね。
南條漠真、やっとあなたを見つけた、やっともう一度、あなたと向かい合って話すことができた。
でも……なぜ、なぜまだ私たちの間には千の山と万の川が横たわっているように感じるの?
運命の皮肉とはこういうことなのかもしれない。
空気の中には、まだ彼の香りが残っていた。
緑茶の清らかな香り、タバコの香り。
夏野暖香は少し貪るように深呼吸し、彼がまだ自分のそばにいるような気がした。
彼女はソファに歩み寄り、彼が飲んでいた飲み物の缶を手に取った。
それを自分の心臓の位置に当てた。
冷たい感触だが、彼女の熱い心を冷ますことはできなかった。
私は容姿を変えたけれど、私の心は、常にあなたのために鼓動している。
でも……私はどうすればいいの?
……
部屋に戻ると、橋本健太は素早く電話をかけた。
「まだ彼女の情報はないのか?」彼は受話器に向かって、かすれた声で尋ねた。