プライドを泥に捨てた

彼女はすぐ目を閉じ、全力であの恐ろしい光景を頭から追い払おうとした。

しばらくして、彼女はゆっくりと目を開け、まだ少し震える手を伸ばして、乱れた髪を整えた。彼女はボブヘアで、濃い髪が顔の半分以上を覆い、あの傷跡も隠した。髪をめくらない限り、それほど目立つことはない。

林薫織は深く息を吸い、心を落ち着かせてから、トイレを出た。

外の世界は千奇百怪で、獣のような人間が堂々と横行している。しかしどれほど外の世界を嫌っていても、出て行って向き合わなければならない。母親の高額な医療費や、家賃や管理費、水道光熱費も支払わなければならない。プライドや恥じらいは、彼女と母親の住家を奪い、飢えさせること以外、何の役にも立たない。

今夜の林薫織は実に運が良かった。一晩だけで何本もの高級ワインを売り込むことができた。ざっと計算してみると、今月前半の収入と合わせれば、今月のすべての出費もカバーできそう。

そう考えると、彼女の気持ちもだいぶ軽くなった。

団地に戻ったときには、すでに朝の7時となった。

この団地は1990年代初頭に建てられたもので、ほとんどの建物はすでに老朽化し、雨の日には雨漏りもする。しかし、家賃は周辺の半分以下のため、林薫織と母親はここに住むことにした。

この家は1LDKで、やく30〜40平方メートルほどの広さだ。家具は古いものだが、かろうじて使える程度だ。屋根からの雨漏りのせいで、どれだけ換気しても、部屋には少しカビ臭さが残っている。

夜寝るときには、時々天井からネズミの音が聞こえてくる。最初にここに引っ越してきたとき、林薫織は何日も眠れなかった。以前はの彼女なら食べ物も住所も、何でも最高の物しか選ばず、まるでお姫様のように大切にされていた。そんな彼女にとって、あんな苦労を経験するのは初めてだ。

彼女は自分なら耐えきれないだろうと思っていたが、意外にもこんな生活に徐々に慣れてきて、やがて3年間も耐えてきた。今では、ネズミが彼女の体の上を這っても、安らかに眠ることができるようになった。

ドアを開けると、料理の香りが漂ってきた。林薫織は狭い居間を通り過ぎ、キッチンで忙しそうに動く母の姿を見つけた。

しかし林薫織は眉をひそめた。「母さん、また早起きしたの?もう少し寝ていてって言ったでしょ?」

「年を取ると眠れなくなるのよ。それなら起きて朝食を作った方がいいわ。一晩中大変だったでしょう?お腹空いてない?母さんが手料理を作ったけど、味わってみない?」

林薫織は外資企業で働いていると嘘をついていた。その嘘によると、彼女の職場は一日三交代制で、彼女は夜勤を担当している。幼い頃から、林薫織は生意気でわがままだったが、両親の前で嘘をつくことだけはなかったので、林の母はその嘘を疑わなかった。

林薫織は母から熱々の皿を受け取り、ゆっくりと一口ずつ食べながら、真剣な口調で説得した。「母さん、今後は早起きしてまで私の朝食を作らなくていいよ。外にはたくさんお店があるから、適当に何か買って食べるから。医者も言ってたでしょ、母さんの体は静養が必要で、無理をしちゃダメだって」

「また医者の話を持ち出すのね。わかったわ、約束するわ」

林の母は約束したが、林薫織には分かっている。明日の朝になると、母さんはまた早起きして朝食を用意するだろう。

母さんは良い母親だが、ただ少し頑固なところがある。一度決めたことは、どんなに説得しても無駄だ。そして彼女も母親の影響を受けて、同じ一本気な性格になった。

こんな一本気じゃなかったら、あの頃も…

林薫織がほとんど食べ終えたのを見て、林の母は満足そうに微笑んだ。しかし、突然何かを思い出したかのように、その笑顔が消えた。