バスに乗り込んだ林薫織は、窓際の席を見つけて座った。窓からの光が彼女の顔に落ち、頭の中では氷川泉が自分に言った言葉が繰り返し響いていた。
彼女は突然、自分が深い泥沼にはまっていることに気づいた。必死にもがいているのに、どんどん深みにはまっていくのを目の当たりにしている。
彼女はどうすればいいのだろう?
一方は自分の幸せ、もう一方は伊藤逸夫の将来。
彼女はゆっくりと目を閉じた。よく考える必要がある、しっかり考えれば、明日になれば全ての問題や困難が解決するかもしれない。
心身ともに疲れ果てていたせいか、林薫織はバスの中で眠りこけてしまった。突然の電話がなければ、おそらく乗り過ごしていただろう。
電話の着信音が彼女を夢から覚まし、無意識に目を落とすと、携帯の画面に「伊藤逸夫」の名前が表示されていた。