林薫織は伊藤逸夫がいる第三教学棟に到着した。教学棟の周りには金木犀の木が植えられており、今はちょうど金木犀が満開の季節で、空気のあらゆる隅々まで金木犀の香りが漂っていた。
彼女はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込むと、鼻腔いっぱいに金木犀の香りが広がり、心身を爽快にさせた。林薫織は少し口角を上げた。伊藤逸夫が大学に残って教鞭を執るというのも、悪くない選択だと思った。
突然、授業終了のベルが鳴り、それまで静かだった教学棟が賑やかになった。学生たちは二人三人と群れになり、笑い声を交わしながら彼女の傍らを通り過ぎていった。
林薫織のこの一時期ずっと抑圧されていた気持ちが突然晴れやかになった。活気に満ちた若者たちを見ていると、彼女は何の心配もない大学時代に戻ったような気がした。あんなに純粋で、あんなに単純だった。