第363章 この男は本当に気まぐれだ!

林薫織はすぐに自分が騙されたことに気づいた。氷川泉が先ほど彼女をからかっていただけだったのだ。しかし、彼女はもう先ほどのような発言はできなかった。この男はあまりにも気まぐれで、今は機嫌が良さそうに見えても、この後何か過激なことをしでかさないとも限らない。

そこで、林薫織は不満げに氷川泉の手から資料を引き抜き、書斎の机に向かって歩きながら、むっつりと言った。「タイピングするなら、パソコンくらいくれるでしょう?」

男は机の上のノートパソコンを林薫織の前に押し出し、「使いなさい」と言った。

林薫織は椅子を持ってきて、机の横に座り、パソコンを開いたが、起動パスワードが必要なことに気づき、思わず尋ねた。「起動パスワードは?」

男の瞳の色がわずかに変わり、しばらくして薄い唇を開いた。「お前の誕生日だ」

林薫織の心臓が一瞬止まりそうになった。彼女の誕生日?幻聴かと思ったが、数字を入力してみると、確かにパソコンが起動した。

パソコンの画面を見つめながら、林薫織は心の中で驚きを抑えられなかった。なぜ氷川泉は自分の誕生日を彼のパソコンの起動パスワードに設定しているのだろう?

これは一体なぜ?

林薫織は顔を上げて氷川泉を見た。彼はすでに頭を下げ、一束の書類を熱心に処理していた。林薫織は口を開きかけたが、結局心の中の疑問を飲み込んだ。

彼女は、これはただの偶然かもしれないと思った。

そして、広々とした書斎は静かになり、キーボードを叩く指の音とペンがA4用紙をなぞる音だけが聞こえた。

A大学を離れてから、林薫織がパソコンに触れる機会は数えるほどしかなく、最初はタイピングがぎこちなかったが、徐々に慣れてきた。

大学時代、プログラミングの次に彼女の最大の強みはタイピングスピードだった。多くのプロのタイピストでさえ彼女のスピードには及ばなかった。机の上の資料が次々とテキストファイルに変換されていくのを見て、林薫織は思わず口元を緩めた。

しかし、あまりに集中していた彼女は、いつの間にか氷川泉が書類の山から顔を上げ、鋭い目で彼女を見つめていることに気づかなかった。パソコンの前の林薫織は、以前のように生気のない様子ではなく、全身が活気に満ちていた。どんなに単純な作業であっても、彼女の顔に浮かぶ生き生きとした表情は隠せなかった。