今回は、リムジンの中の雰囲気はまだ和やかで、身の毛もよだつほどではなかった。ただ、高橋詩織が知らなかったのは、この時、氷川泉の表情が氷のように冷たくなっていたことだった。
T市でリムジンはそれほど多くなく、高橋詩織が乗っていたリムジンは限定版で、世界中でもわずかしかない。この車の持ち主が誰なのか、氷川泉は足の指先だけで考えてもわかった。
氷川泉は高橋詩織が夜に予定があると言ったのは、単に彼を避けるための口実だと思っていたが、彼女が本当に夜の予定を持っていたとは思わなかった。
彼女の言う予定とは房原城治のことか?
房原城治という男について、彼は詳細な資料を調べていた。この男は国内の他の金持ちの二世や三世とは違い、その家系の発展は大正時代にまで遡ることができる。
最初、房原一族は塩の売買で財を成し、二百年前には家業が全国に広がっていた。その後、国内の動乱に遭い、一族はフランスに移住し、武器取引の商売を始め、大きな富を築き、フランスで恐れられる組織を設立した。当時、房原一族はフランスで指折りの名家と言えた。