第17章:隠された命令

焚き火はすでに赤く光る残り火となり、闇の中でかすかに瞬いていた。周囲の森はまるで息を潜めているかのようだった。風はなく、虫の声もない。月明かりに照らされた葉が、わずかに揺れるだけだった。

その静寂の中、リラエルは一人、霧に包まれた崖の端に立っていた。空を映すその瞳の奥は、夜よりも深い闇をたたえていた。

彼女は静かに、ローブの内側から小さな円形の金属の印章を取り出した。二つの反対向きの曲線が彫られている。それは〈均衡の秩序(ジ・オーダー・オブ・バランス)〉の象徴だった。

しばらくそれを握りしめた後、親指で押し込むと、印章は淡く脈打ち始めた。声が聞こえた。現実の音ではない。思考の中に直接流れ込んでくる、精神の囁きだった。

「リラエル、異能者(アノマリー)の状態は?」

その声は冷たく、感情を感じさせなかった。第七分隊の長老――名は呼ばれない。ただ、「異能者」とだけ。

リラエルはしばらく空を見上げた後、焚き火のほうへ目を移した。そこにダニエルが眠っていた。だが安らかな眠りではない。右手は壊れた鞘に近づけ、肩がわずかに動いていた。まるで夢の中で戦い続けているかのようだった。

リラエルは目を伏せ、短く答えた。

「監視中です。」

「不安定の兆候は?」

「ある。でも、自制も。」

「均衡から逸脱しすぎれば――排除せよ。」

その言葉が、肺の空気を凍らせた。予想していた。だが、実際に聞くと……何かが内側で音を立てて崩れた。

排除――まるで壊れた道具の処理のように。命を救ってくれた者の話ではない。世界を好奇心で見つめる目を持った、貪欲ではない、あの青年のことではない。

彼女は印章を強く握り、光を消した。だが、心の炎はなおも燃えていた。

ダニエルが脅威なのは、その力のせいではない。

彼が、まだ「選んで」いないからだ。

朝が来た。霧が木々の間に漂い、薄白く空気を包んでいた。ダニエルは残り火の前に座り、手をこすり合わせながらリラエルをじっと見た。

「昨夜、誰と話していた?」

リラエルは銀の髪を梳く手を止め、彼を見た。すぐには答えなかった。

「眠っていなかったのね。」それは確認でもあり、非難でもあった。

ダニエルはうなずいた。「変わってからは、熟睡なんてできない。」

リラエルは立ち上がり、ゆっくり彼に近づいた。

「なら知っていたのね。私が〈秩序〉に連絡したことを。」

「予想はしていた。だが、声は聞こえなかった。」

「当然よ。聞こえるはずがない。」

ダニエルは深く息を吸い、リラエルの目をまっすぐに見た。

「その命令は? もし俺が……“危険”になったら?」

沈黙が落ちた。遠くの鳥がさえずり、真実を求める静けさを嘲るようだった。

「排除よ。」ついに彼女は答えた。率直に。だが、その声には柔らかさが宿っていた。「でも私はしない。今は。」

ダニエルは視線を逸らさずに彼女を見つめた。「なぜ?」

リラエルは応えるようにそばに座った。

「あなたには、まだ選ぶ力があるから。」

その日、一行は〈エリアリ〉と中立高原を分ける小さな谷を越えて進んだ。古地図によれば、その先に《時のさざ波の塔(タワー・オブ・タイド・オブ・タイム)》があるという。大戦以前の遺物。エーテリオンの可能性を読み取り、未来を映すと言われる場所だった。

最後尾を歩いていたレンネがぼやいた。「三日も北へ進んでるのに、まだこの霧かよ。ほんとに進んでるのか?」

「進んでる。」ダニエルが応じた。「感じるんだ。この霧は自然じゃない。空気に引力みたいなものがある。エーテリオンの力場に近い。」

リラエルがうなずいた。「塔が近い証拠よ。あの塔は、来訪者を好まない。」

西へ傾いた陽が空を染めるころ、ついに彼らはそれを見つけた。

その塔は、他のどの建物とも異なっていた。古びてはいるが、風化していない。壁面には、まばたきするたびに変化する文様が浮かび、頂上には大きな時計が――時間ではなく、運命の巡りを示していた。

塔の根元には、〈アエヴァン=サールの試練〉を乗り越えた者にしか反応しない光のトリガーがあった。

ダニエルが手を触れると、光が広がり、扉が開いた。

内部には一つの大広間があり、中央にプリズム状の柱が立っていた。その周囲には、自ら動く影が蠢いていた。彼らは未来からの囁きを口にしていた。

ダニエルは柱の前に立ち、水晶の表面を見つめた。

そこに映ったのは、三つの未来の影だった。

ひとつは――新たな文明の王となる姿。旧き制度を壊し、自らの「均衡」を世界に課す。世界は平和になるが、それは恐怖に支配された平和だった。

ふたつめは――力を手放し、影として他者を見守る姿。世界はゆっくりだが色彩と意味を取り戻していく。

そして三つ目――エーテリオンの混沌に呑まれ、次元そのものを引き裂く災厄となる姿。悪意ではなく、選べなかったがゆえに。

リラエルも隣でその影を見ていた。

「今なら……すべてを終わらせられるわ。」彼女はささやいた。「どの未来にも至らぬように。」

「だが君はしない。」ダニエルが応えた。

「ええ。私は知りたいの。もし選べるなら、君は何を選ぶのか。」

ダニエルは影を見つめた。それぞれが魅力的で、それぞれが重い。

「まだ分からない。」彼は囁いた。「でも、必ず選ぶ。俺自身の意志で。〈秩序〉のためでも、エリアリのためでも、人間のためでもなく。俺のために。」

柱から発せられていた光が弱まった。そして一瞬だけ、三つ目の影――最も暗い未来が、わずかに薄れた。

選択はまだされていない。だが、均衡はわずかに――希望へと傾いた。

遠く離れた山脈の彼方、崩れた都市の陰で、〈均衡の秩序〉の観測者たちは集まり始めていた。

彼らもまた、同じさざ波を読み取っていた。異能者が自らの運命の枝を見たことを――

それが彼らを不安にさせていた。

世界が壊されることを恐れていたのではない。

世界が――変えられることを恐れていたのだ。

そして、「変化」こそが――最も恐るべき、均衡の敵なのだから。