「私は彼女を利用しただけだ。お前に何ができる?」温井時雄は挑発的な目で高橋俊年を見つめ、笑みを浮かべた。
「お前が今言ったことは全て録音した。燃がお前の言葉を聞いたら、温井グループに対してどんな行動を取ると思う?」高橋は冷ややかな目で尋ねた。
「好きに言えばいい。どうせ温井家の力をもってすれば、お前と橋本燃が手を組んだところで、敵を千人殺しても自分も八百人傷つく結果になる。温井家に手を出したところで、お前にも良いことは何もないだろう」
時雄は全く気にしない様子で言い終えると、踵を返して歩き出した。数歩進んだ後、立ち止まり、振り返ることなく言った。「橋本燃は堂々とした君子が好きだ。お前が録音ボタンを押した瞬間から、お前は堂々とした英雄ではなくなった。
お前がその録音を彼女に聞かせて、彼女が私から距離を置き警戒するようになったとしても、彼女の心の中にはお前との間に見えない境界線が引かれることになるだろう」
星明かりの下、去っていく時雄の背中を見つめながら、俊年の黒い瞳は冷たく凍りついていた。
彼は二人の会話を録音などしていなかった。
彼は燃と5年の付き合いがあり、彼女の人柄をよく知っていた。もし録音を燃に聞かせて時雄に対して警戒心を持たせたとしても、同時に彼女は俊年に対しても良くない印象を持つだろう。
ただ俊年が理解できなかったのは、なぜ時雄が燃に録音の存在を知らせた場合の結果について警告したのかということだった。
彼は燃を好きで、駆け引きの術で彼女を追いかけているのではなかったのか?
もしかして彼の考えは間違っていたのか?
時雄が燃に近づいたのは、本当に彼が言ったように、俊年が温井家に手を出すことを恐れてのことなのか?
しかし雷田震が燃に銃を向けようとした瞬間、時雄の目に映った燃への緊張と恐怖を、彼ははっきりと見ていた。
あの心からの感情の表れは、嘘をつくことはできない。
男としての直感が彼に告げていた。時雄の燃への愛は、彼のものに比べて少しも浅くはないと。
だが彼はなぜ、燃が計算高い男を好まないと警告したのだろうか?
……
1時間の緊急処置の末、意識不明で瀕死状態だった雷田さくらを死の淵から救い出した。