橋本燃が病室を出た後、顔はまるで火のように熱くなっていた。温井時雄に壁の隅に押し付けられ、彼の体から漂う馴染みのある香りを嗅ぎながら、彼の命が長くないことを思うと、心臓が何かに引っ張られるように痛み、息ができなくなった。
だから彼女は彼の束縛から逃れようとしたが、もがく中で彼の体の変化を感じ、その時はあまりの驚きに心が乱れ、取り乱して雷田琰のことを持ち出してしまった。
「橋本燃、落ち着け、落ち着け、これからはあの価値のない心臓をドキドキさせるクズ男のために取り乱したりしないこと。一番大事なのは武術を磨くこと、病死寸前の男にも勝てないようじゃダメだ」
燃は心の中で自分に言い聞かせながら精神科の入院病棟へ向かい、一つの部屋のドアを開けると、ベッドに座ってテレビを見ながら馬鹿笑いをしている田中雪満の姿が目に入った。
テレビにはドラマでも、バラエティ番組でも、映画でもなく、松本志遠が会員制クラブの個室で数人の男性と商談している場面が映っていた。
志遠の隣には容姿が艶やかで、笑顔が花のように美しい若い女性が座っていた。その女性は見た目が良いだけでなく、話し上手で、ほんの数言葉で顧客を笑顔にさせ契約書にサインさせ、志遠が優秀な内助の功を得たと言われていた。
テレビに映っている女性は高橋霊子といい、志遠の新しい恋人だった。
ここ数日間、テレビには志遠の日常生活が映し出され、志遠がその高橋と様々なパーティーに出席する姿が映っていた。
志遠は若い男のように、無限の愛情と甘やかしの眼差しで霊子を見つめていた。
志遠は恋人同士のように霊子のためにロマンチックな花火の夜を演出し、花火の中で霊子が彼の生涯最愛の人であり、人生で初めて真の愛の味を知ったと大声で叫んでいた。
この案が時雄のものだと知った時、燃はただ一言「絶妙」と感嘆した。
しかし、約20日間見続けても、まだ狂ったふりをしている雪満を見て、燃はさらに絶妙だと感じた。
彼女が本当に狂ったのでなければ、彼女の演技は神業の域に達し、演技の痕跡が全く見えないほどになっているのだろう。
この数日間、燃はよく雪満を見に来ていた。燃の出現に対して、雪満はもう慣れており、燃を見ることもなく、テレビの画面を見続けていた。