「お父さんとお母さんは必要ないよ。兄さんと妹に残しておけばいい。私と燃は稼げるから」と温井時潤は言った。
「二人の妹に残すのは当然よ。でもあなたの兄、あの独身犬には相応しくないわ!」と藤原月子は冷ややかに言った。
高橋家の古屋敷を出ると、温井時雄はタバコを取り出して強く一服吸い、重々しく煙の輪を吐き出した。
煙が立ち込める中、時雄は暗く不明瞭な目で時潤を見つめた。
「橋本燃と前から知り合いだったことをなぜ早く教えてくれなかった?」
煙越しに、時潤も複雑な表情で時雄を見つめ返し、低い声で尋ねた。「早く教えたところで、兄さんは燃を好きになっていたの?それに、兄さんが好きなのは燃という人間?それとも彼女の持つ優れた能力?」
時雄の心は沈んだ。たとえ燃の能力を早く知っていたとしても、松本晴子の本当の姿を知る前は、晴子への忠誠を変えることはなかっただろう。
「ないね。ただ最近、燃のアイデンティティを調査していて、かなり難航していたんだ。お前が早く言ってくれれば、そんなに人手を無駄にしなくて済んだのに。
燃はいい女性だ。俺は彼女に男女の感情はないが、ただ彼女にいい家庭を見つけてあげて、あの三年間の負い目を埋め合わせたいと思っていた。
お前が彼女を好きなら、大切にしろよ。彼女を悲しませるな」
時潤は深い目で時雄を見つめ、力強い声で言った。「兄さん、安心して。兄さんが気にも留めない、少しも感じることのない人が、私にとっては無価値の宝物だ。私は命をかけて彼女を大切にする」そう言うと、時雄の返事を待たずに立ち去った。
時潤の去っていく背中を見つめながら、時雄の深い瞳の底から激しい痛みがあふれ出た。心臓が空っぽになったように、呼吸さえも痛みを伴った。
時雄は心の痛みを必死に耐えながら、車で病院に向かい、雷田さくらの復習を手伝った。高校入試まであと10日、この重要な時期に学習を怠るわけにはいかない。
しかし今日の彼は集中できず、何度か問題の説明を間違え、逆に生徒のさくらに指摘されてしまった。
「先生、今日はどうしたんですか?体調が悪いんですか?」時雄の少し青白い顔色を見て、さくらは心配そうに尋ねた。