第311章 口が裏腹

田中黙の針先が皮膚に刺さろうとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれ、橋本燃は黙の手に持った針が皮膚に刺さっているのを見て、目を見開いた。

「自分で傷を縫おうとしてるの?」

黙は燃の手にある専門的な医療キットを見た。このキットは見覚えがあった。ホテルで見たものだ。

彼女は冷たく傷の手当てを拒んだわけではなく、医療キットを取りに上の階に行っていたのだ。

黙は心が温かくなり、すぐに手に持っていた簡易的な針と糸をゴミ箱に捨てた。「いや、自分で縫えるかどうか試してただけだよ。でもこの角度じゃ全然無理だって分かった。やっぱり専門の医者に縫ってもらう必要があるね」

燃は彼の胸から血が流れ出て腹部まで達し、最終的に黒いスーツのズボンに染み込んでいるのを見て、何も言わずに直接彼のところへ行き、傷の手当てを始めた。

燃の動きは専門的かつ迅速で、前後わずか5分で黙の傷の処置を完了させた。

「さすが北虹国初の『医療コンペティション』金メダリストの天才神醫だね。傷の処置が速すぎて患者が痛みを感じる暇もない。雷田さくらのやつなんて、君の爪の垢を煎じて飲んでも追いつかないよ」黙は崇拝するような笑顔で燃を見つめた。

以前は自分が彼を崇拝の眼差しで見ていたのに、今は彼が自分を崇拝の眼差しで見ている。燃の心臓は彼の視線に抑えきれない動悸を感じた。

「さくら?あなたの傷はさくらが処置したの?彼女は病院で実習してるの?」

2年前、温井時雄に2ヶ月以上直接指導された雷田さくらは、安城の高校卒業試験で702点という最高得点を取り、帝都医学院に入学した。

さくらは医学の分野で非常に才能があり、わずか2年で学部課程を修了し、現在は博士課程に直接進学した医学生だった。

下半期の大学院の授業が始まる前に、さくらは病院で実習し、より多くの実践経験を積みたいと言っていた。

帝都に来るたびに、燃は手の仕事を終えるとさくらに会いに行っていたが、今回はあまりにも多くの出来事があり、さくらに連絡を取っていなかった。

「病院じゃないよ!」

「病院じゃない?じゃあ彼女はどこであなたの傷を処置したの?」燃は困惑した表情で尋ねた。

「彼女は今や大したものさ。知り合いは彼女が帝医大の医学生だと知っているけど、知らない人は彼女を国安大の国家安全学生だと思うだろうね」