第44章 晩風に委ねる

斎藤遥のオフィスに少し座った後、佐藤若菜は彼の秘書に挨拶をして先に帰ることにした。結婚後すぐに仕事を始めることに決めたのだから、事前に会社の状況を把握しておく必要があった。

そのため、彼女は今日の午後、DFの各店舗を回ってみるつもりだった。

「三男坊、若奥様が用事があるからと先に帰られましたよ」白石鶯子は上階の試着室にいる遥に電話をかけた。

「ああ、わかった」電話を切ると、遥は床から天井まである大きなガラス窓に歩み寄り、ビルを出たばかりの若菜を見つめた。彼の心には何とも言えない虚しさが広がった。彼女の心の中では、契約以外に彼は何の存在でもなかった。

この結婚は確かに契約から始まったものだが、彼が彼女に対する特別な感情に気づいた今、この認識は彼の胸を締め付けた。

彼女の颯爽とした後ろ姿を見つめながら、佐藤詩織の策略を思い出すと、彼の目は自然と暗く曇った。

そして彼の気分が最も沈んでいる時に、詩織はさらに彼を追い詰め、彼らの関係の変化に彼女が適応する時間を与えることさえ許さなかった。

「遥、ちょっと来てくれない？私、とても苦しいの！」電話は詩織からだった。電話の向こうで彼女は激しく息を切らし、か細い声はまるでいつ消えてしまうかわからないようだった。以前なら、この声を聞いただけで遥は心配で仕方なくなり、何をしていても真っ先に駆けつけて彼女を見舞い、慰めていただろう。

しかし今は？彼女が日常的に嘘をつくことを知った今、その弱々しさは彼を縛り付けるための手段に過ぎないことを理解していた。彼女が若菜に会う約束の電話をかけたと知った時、彼女は彼が思っていたような、彼を愛し、彼に依存する純粋な女性ではないことを悟った。彼女には計算高さと手腕があった。そして何より重要なのは、彼女のすべての策略はもはや愛からではなかったということだ。

「わかった、すぐに行くよ」遥は電話を受けると、やはり行くことにした。彼は彼女が彼に対して癇癪を起こしたり泣いたりすることは許せても、彼女が彼を利用しながら若菜に手を出すことは許せなかった。