第59章 職場にバカはいない

電話を切ると、佐藤若菜は冷めた菊花茶を一口飲み、人事ファイルの束を抱えてオフィスの面談スペースへ移動した。ドアに向かい合う位置に座り、人事資料に目を通しながら、様々な表情を浮かべて彼女のオフィスに入ってくる部下たちを待った。

「早川部長、全員揃いました」佐藤甘美が最後に座り、小声で告げた。

若菜はようやく手元の資料から目を離し、全員を見回した。まだ口を開く前に、田中蕎子が休暇届を差し出してきた。「早川部長、義母が近々手術を受けるので、数日休暇をいただいて看病したいのですが」

若菜は心の中で冷笑しながら、その休暇届を見もせずに素早く自分の名前を書いて彼女に返し、平然とした顔で言った。「お母様によろしくお伝えください。後でシステムに電子申請も入れておいてくださいね」

蕎子は休暇届を受け取りながら、顔に得意げな表情と少しの落胆を浮かべた。「まったく引き留めようともしないなんて!本当に世間知らず。私がいなくなったら、仕事がどう進むか見ものね!」

この部署の人々は常に彼女の意見に従ってきた。今日もオフィスに入る前に皆で示し合わせていた。彼女が休暇を取って来なければ、通常なら彼女に報告する仕事を全部若菜に報告し、何を聞かれても「知りません」と答えることにしたのだ。こうすれば、若菜がどれほど有能でも、どこから手をつければいいのか分からなくなるはずだった!

営業部のあの偉そうな連中は、そう簡単に扱える相手ではない!彼らの機嫌を損ねたら、DF社でやっていくなんて夢のまた夢だ!

皆は黙って若菜を観察し、彼女の性格や仕事の進め方を探りながら、自分たちがどう立ち回るべきか考えていた。蕎子のように非暴力不服従で行くか、それとも素直に新しい上司と良好な関係を築くか?

蕎子が既に皆を扇動していたとはいえ、利益が絡めば冷静さを失うのは愚かだ——これは職場人なら誰でも知っている道理だ。

冷静に観察してから決断するというのが、今の皆の本音だった。特に給与・業績評価グループの高橋健二は、部署内で常に中立的な立場を保ち、派閥争いには加わらないタイプだった。こんな時、蕎子に同調して騒ぎを起こすようなことはしないだろう!

本来なら若菜の性格では、こういう人たちとじっくり向き合い、手腕と戦略を駆使して自分の味方にしていくところだった。