君時陵は笑いながら自分の口元を指さした。夏挽沅はそれを理解し、ナプキンを取って拭いた。
しかし、君時陵が指したのは右下の角で、夏挽沅が拭いたのは左下の角だった。米粒ほどの大きさのクリームが、まだ夏挽沅の唇の端に残っていた。
夏挽沅がケーキを食べるとき、まずスプーンで一口すくい、それから軽く巻き取るようにして、ケーキを口に含んでいた。
夏挽沅の軽やかな舌先がスプーンをなぞるのを見て、君時陵の瞳が暗くなり、喉が一度動いた。
「甘い?」君時陵が突然声をかけた。
「甘いわ」夏挽沅はうなずいた。甘すぎず、とても美味しかった。
「ちょっと味見させて」
君時陵はそう言うと、夏挽沅に近づいた。彼はもともと夏挽沅のすぐ隣に座っていたので、少し体を傾けただけで、夏挽沅が反応する間もなく、彼女の口角にあったクリームを舐め取った。
席に戻った君時陵は唇をすぼめ、「うん、確かに甘いね」と言った。
夏挽沅はスプーンを持ったまま固まってしまった。口角にはまだ触れられた感覚が残っており、まるで火打石のように熱く感じられた。
「私の許可なしには…」夏挽沅は心の中で恥ずかしさと怒りを感じた。この人は出張から帰ってきただけなのに、どうしてこんなに変わってしまったのだろう…
「僕はただケーキを味見しただけだよ。これからケーキを一口食べるのにも、君の許可が必要なのかい?」君時陵は驚いたような、少し困ったような表情を浮かべた。「まあ、それも構わないけどね。厳しく管理されても仕方ないさ、僕が君を好きなんだから」
夏挽沅は一瞬言葉に詰まった。それが君時陵の黒白をひっくり返すような強力な論理能力のせいなのか、それとも「僕が君を好きなんだから」というその一言のせいなのか、わからなかった。
夏挽沅がめずらしく呆然としている様子を見て、君時陵の目に隠しきれない笑みが漏れ出した。
夏挽沅は恥ずかしさと怒りで胸がいっぱいだった。君時陵は出張から帰ってきて、ますます彼女をからかうのが好きになったようだ。
夏挽沅は恥ずかしさのあまり、逆に冷静になった。「堂々たる君氏グループの君社長が、こんなに暇で人をからかって楽しんでいるの?」
君時陵は眉を上げた。怒らせてしまったようだ。
「僕は人によって対応を変えるんだ」
忙しいかどうかは、相手次第だということだ。