野井北尾は息が詰まる思いがした。
証明書を取りに行く。
もちろん、取るのは離婚証明書だ。
証明書を取得すれば、彼と田口優里は法律上何の関係もなくなる。
二人はきれいに別れることになる。
しかしこの瞬間、野井北尾の心に湧き上がったのは拒絶感だった。
彼はそうしたくなかった。
彼はなぜ自分がそんな考えを持つのか、さえわからなかった。
青春時代、初めて恋に落ちた時、彼は自分の将来の妻は渡辺雪也のような良家の令嬢であるべきだと思っていた。
優雅で気品があり、釣り合いのとれた家柄の女性。
若気の至りの年頃に、家族に強制的に田口優里との結婚を手配され、当時の野井北尾は不満を田口優里に向けていた。
結婚して3年、彼は夫としての責任を果たすことしかできないと自認していた。
利益のための結婚には、愛は似合わないと。
離婚を切り出した時、彼はこの失敗した結婚からすぐに抜け出し、渡辺雪也と一緒になれると確信していた。
しかし二人が離婚協議書に署名してからわずか数日で、野井北尾は自分の心に大きな変化が起きていることを感じた。
田口優里が徐々に遠ざかっていくのを見て、彼の心には名残惜しさと不安があった。
そしてこの瞬間、田口優里が証明書を取りに行こうと言った時、その名残惜しさが実体化し、野井北尾に痛みを感じさせた。
彼はこの感情がなぜ生まれたのかを考える暇もなく、すでに心の欲求に従って口を開いていた。「今日はだめだ。」
田口優里は眉をひそめた。「なぜ?今は時間があるじゃない?」
野井北尾は彼女の頬に触れた。「君の顔色がどれだけ悪いか知ってる?医者に連れて行くよ。」
田口優里は彼の手を避けた。「私自身が医者よ。何ともないわ。」
「医者だからこそ、病気を隠してはいけない。」
「大丈夫よ。」田口優里は他のことを気にする余裕がなかった。今は野井北尾と証明書を取りに行くことだけを考えていた。
離婚したからといって、すぐに野井北尾を好きでなくなるわけではない。
軽々しい言葉一つで、これまでの感情がきれいさっぱり消えるわけではない。
彼女には時間が必要だった。自分がゆっくりと立ち直るための時間が。
野井北尾が何度も彼女の前に現れることは、彼女にとって苦痛だった。