第371章 恋愛は水を飲むが如く、冷暖は自ずと知る

田口優里は急いで彼を押しのけた。「人に見られるわよ」

野井北尾は笑って言った。「わかった、部屋に戻ってからキスしよう。それで、もう一度彼をお父さんと呼んでくれる？」

田口優里は目を伏せた。「私、なんだか...」

「呼べなくなった？」野井北尾は彼女を笑った。「お昼はすんなり呼べたじゃないか」

「あの時は...状況が違ったの」田口優里はキッチンの方をちらりと見て言った。「もし呼ばなくても、大丈夫よね？」

「どう思う？」野井北尾は言った。「あなたが仕事から帰ってきてから、松下社長の目がずっとあなたを見ていたのに気づかなかった？彼はただあなたがもう一度彼をお父さんと呼ぶのを待っているんだよ」

「私...」田口優里は唇を噛んだ。

野井北尾は指先で彼女の唇に触れた。「噛まないで。大丈夫、ゆっくりでいい。今日はもう呼んだし、次はいつ呼ぶかはそれほど重要じゃない。それとも、私があなたの代わりに何度か呼んであげようか」

そう言って、彼はキッチンに向かって声をかけた。「お父さん、手伝いますよ」

松下牧野は返事をした。

野井北尾が彼をお父さんと呼ぶことには、彼はすっかり慣れているようだった。

田口優里は口を開きかけたが、やはり簡単には呼べないことに気づいた。

まるでその言葉には何か禁制があり、彼女の喉に封印されているかのようだった。

松下牧野の期待に満ちた眼差しを、田口優里ももちろん見ていた。

あの時は焦っていて、思わず「お父さん」と呼んでしまった。

でも今改めて呼ぶとなると、とても作為的に感じる。

親子の間は、自然な接触と交流があるべきだ。

あまりに意識しすぎると、居心地が悪くなる。

野井北尾がキッチンで松下牧野に何を言ったのかはわからないが、とにかく田村若晴が来た後、四人で食事をしている間、松下牧野はこの件について触れず、また田口優里を物欲しげに見ることもなかった。

田口優里はようやくほっとした。

食事を終え、四人はリビングで談笑した。

野井北尾が支援しているプロジェクトの話になった。

彼は言った。「墨都ではあなたたちの第二病院だけにあの実験室があるんだ。以前は必要ないと思っていたから準備していなかった。今から建設しても間に合わないから、仕方なくあなたたちの病院のを借りることになった」