百番目の殺し

真夜中だった。

部屋は静まり返っていた。

畳敷きの床に、小さな茶卓が一つ。ごく一般的な和風のフラットな部屋の造りだった。壁には様々な武器が飾られている――刀、薙刀、金属の骨で強化された扇子など。

薄暗く、時折揺れる照明が室内をぼんやりと照らすその空間に、二つの人影がうっすらと浮かんでいた。

一人は、座布団の上にぴたりと動かず座る、いかにも老いた男。もう一人は立ち上がり、部屋の中を歩き回りながら「証拠」を集めていた。

「これも必要だな」

立っている男がそう呟きながら、一冊の帳簿を手に取った。

違法な記録でいっぱいの帳簿――人身売買、未成年をクラブやキャバレーに売り飛ばし、本人の意思に反して働かせていた証拠。

彼の手は、以前も、そして今も素早く動いていた。

手掛かりや証拠になりそうなものを、すべて迷いなく拾い上げ、自分が持参した小さなブリーフケースに詰め込んでいった。

すべての引き出しを、すべての机の上を漁ったのち、彼は十分だと判断し、歩き出す。通り過ぎたのは、ずっとそこに座っていた男――まるで彼の存在が見えていないかのように。

いや――

むしろ、「見えなかった」のだ。

正座したままの老人は、首をうなだれ、自らの過ちを悔いているように見えた。

だが、それだけではなかった。

首の根元には長く深い切り傷。血が流れ、灰色の袴の襟元を染めていた――誰が見ても一目で分かる、明らかな状態だった。

すでに死んでいた。喉を、一太刀で切られて。

若い男は一瞥もくれず、まるでこの場所の主であるかのように、堂々と部屋を後にした。誰かに見られることなど、微塵も恐れていない。

なぜなら――もう彼を目撃できる者など、この世に存在しなかったから。

それは血と死の匂いに満ちた一日だったが、彼にとっては、ただの「いつも通りの一日」に過ぎなかった。

彼は、あらかじめ用意されていた車へと向かい、トランクにブリーフケースをしまうと、運転席に腰を下ろした。

「はぁ…」

若い男――斬崎(きりさき) 蓮(れん)は、深いため息をついた。

今回の依頼は99件目。始まったと思った瞬間には、もう終わっていた。

蓮はどこか虚しさを感じていた。どの依頼を受けても、もはや時間の無駄としか思えない。

自分が何をしているのか――その意味すら見失いかけていた。

だが、それでも彼はプロだった。フリーランスの暗殺者でも、プロはプロだ。

彼はダッシュボードに置かれていた使い捨て携帯を取り上げ、そこで唯一登録された番号へと電話をかけた。

コール音が二度鳴ったところで、相手が出た。

「依頼は完了しました。クライアントが求めていた証拠も回収済みです」

彼は淡々と、冷たく、機械のような口調で報告する。「現場の処理も行いましょうか?」

一瞬の沈黙。受話器の向こうの声に耳を澄ますと、彼の表情は少しだけ曇った。

そして、首を横に振った。

「…分かっています。ただの確認です。では、帰還します、先生」

通話を切ると、蓮は座席に背を預け、バックミラーを手直しして、自分の顔を映し出した。

照らすのは、遠くの街灯のみ。

映ったのは、黒に近い深紅の髪を持つ青年。無造作に乱れたその髪は、整える気もないようだった。

病的なほどに白い肌は、まるで熱狂した太陽に焼かれたかのような不自然さを伴っていた。そして、目にはもはや人間に対する希望など微塵も残っておらず、魚の死んだような虚ろな光を湛えていた。

唇は、常に不機嫌そうな字に結ばれている――まるで、それが彼の「素」の表情であるかのように。

彼の服装はチャコールグレーのスーツ。現代的なデザインであるはずなのに、彼が着るとまるで1980年代のような雰囲気が漂う。

おそらくその理由の一つは、手元の黒いハーフグローブだろう。

外見を除けば、彼のすべては「秩序」と「徹底」を感じさせた。まるで完璧主義の潔癖症。

「…さっさと動かないと、警官に呼び止められるな」

蓮はそう呟くと、手袋を外し、ダッシュボードの横に置かれていた同じ型の新品へと交換した。

血の痕が一切ない、新品の手袋。

装着を終えると、彼は車のイグニッションを回し、ギアを入れた。

足をそっと踏み込むと、車は滑るように前進し、やがて前方の交通の流れに溶け込んでいく。

数分後には、車列の中に溶け込み、まるで蜃気楼のように姿を消した。

ーーー

数時間後――深夜。

十二階建てのビジネスホテルのような建物。

蓮は正面玄関から堂々と入っていく。

目元を隠すためにフェドラ帽を被っていた。足取りは迷いなく、ブリーフケースを片手にエレベーターへと向かう。

エレベーターに乗り込むと、「閉」ボタンを押し、特定の階数ボタンを順に押した――三、五、八、十二。

一拍の間を置くと、パネルの数字表示が微かにちらついた。

ボタンの光が一斉に点滅し、やがてすべてが嘘のように消えた。

そして、エレベーターが動き出す。

表示された階数は――一…二…五…十…十二…

その後、止まったのは、存在するはずのない階。

十三階

扉が開くと、そこにはワインレッドの絨毯が敷き詰められた広い廊下があった。

暖色の壁付けランプが、柔らかく床を照らしている。

蓮は帽子のつばを少し下げ、迷いなく歩みを進めた。足取りは静かで、正確で、均一だった。

廊下の突き当たりには、たった一つの扉。

堅牢な木材で作られた、茶色の無地のドア。表札も、会社名も、何も書かれていない。

それでも蓮は、迷うことなくノブに手をかけ、回して扉を開けた。

扉を開けると、すぐに鼻を突くタバコの煙が漂ってきた。

部屋の中には、まるで「個性」がなかった。

忘れられた倉庫のようであり、散らかった図書室のようでもあった。窓はなかった。

その奥、混沌とした机の向こうには、五十代半ばの老人が一人座っていた。

灰色の髪は後退し、大きくなった額を隠しきれず、ひび割れた眼鏡は鼻に斜めにかかっていた。

東洋系の顔立ちに、原色のハワイアンシャツという場違いな組み合わせ。

「ノックもせずに入ってきた無礼者が誰かと思ったら…やっぱりお前か」

老人は、低く落ち着いた声で言いながら、顔を上げた。「99件目の仕事、ご苦労だったな、礼儀知らず」

蓮は帽子を取り、老人の口元でくすぶる葉巻から漂う煙を無視して、散らかった机の前のソファに座った。

「たまには掃除くらいしたらどうだ、先生」

蓮はファイルの山を押しのけてスペースを作り、腰を下ろす。

「祝うなら、依頼主の判断を祝うべきだ。これが集めた証拠だ」

彼はブリーフケースを机の上に放り出した――机がガタつき、紙の山が崩れかけるほどの音と共に。

「おい! まだ整理が終わってないんだぞ!」

老人はぶつぶつと文句を言いながらも、慣れた手つきでブリーフケースを引き寄せ、中身を確認し始めた――口では文句を言っても、やることはいつも通りだった。

「ここで整理されてるものなんて、一つでもあるのか?」

蓮は部屋中を見回しながら呆れたように言った。

「あるに決まってるだろう!」

だが吉野の視線は、すでに蓮が持ち込んだ新しい資料に釘付けだった――山に追加されるだけの。

「はい、これ!」

蓮が落ち着く前に、老人が何かを放ってよこした。

無地のフォルダー。

「これは…?」蓮は開きながら訊いた。

「お前の百件目記念だよ」

吉野は淡々と言った。

「先生…最後の依頼からまだ三日しか経っていないんだぞ。今さっき終えたばかりなのに、もう次か?少しは休ませ――」

だが、蓮の言葉は途中で止まった。

フォルダーに記されたターゲット情報を読み進めるうちに、蓮は凍りついた。

そこにあったのは、たった二行だけ。

写真も、経歴も、余計なデータもない。

名前:紅(くれない)

住所:一件のみ。

「…冗談か?」

「よく聞け、皮肉屋のガキ」

吉野は葉巻を深く吸い込み、長く煙を吐いた。「標的ってのは、生まれるんじゃない。作られるんだよ」

師の言葉を聞きながらも、蓮は考えずにはいられなかった。

「…それってつまり、情報が一切ないことの言い訳か?」