第01話 時をかける少女との出会い

「もしも、たった一度でも、私のことを見てくれたら? 私のことをどう思う? 何を言う? それに……私はあなたにとって何になるの?」

 少女の言葉が闇の中に響く。まるで誰かに語りかけているかのように、その声には不安と焦りが滲んでいた。

 彼女の白いドレスは暗闇の中で淡く輝いていた。

 茶色の瞳は計り知れない深みを湛え、黄金の髪はやわらかく波打ちながら肩にかかり、魅惑的な雰囲気を醸し出していた。

 その言葉は何度も繰り返され、次第に遠のいていく。

 そして、ついには暗闇が彼女の存在を完全に飲み込んだ。

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「うっ……痛ぇ……」

 突然、俺は頭を押さえながらうめき声を漏らした。まるでどこかから落ちてきたかのように、鈍い痛みが残る。

 瞬きをして、辺りを見回す。驚いたことに、そこは教|室《み》だった。

「おい、|高宮《たかみや》、授業中に寝るなよ。」

 先生の落ち着いた声が響く。しかし、クラスメイトたちはすぐさま笑い声を上げた。

「すみません、先生……」

 それでも、視線は俺に集中したままだった。だが、その中にひとつだけ違うものがあった。

 それは、冷やかしではなく、心配そうなまなざしだった。

 ――彼女だ。

 最近入った部活の仲間で、よく話す相手。なぜか不思議な親しみを感じる存在だった。

 恋愛感情とは違う。少なくとも、そう思っていた。

 でも、彼女のそばにいると、奇妙な既視感があった。

 昼休みになると、彼女が俺のもとへとやってきた。

「大丈夫? 痛くなかった?」

「いや、大したことないよ。」

 そう言って軽く笑ってみせる。

 最近、俺たちは一緒にいる時間が増えていた。昼食も共にするようになっていた。

 けれど、よくある恋愛話とは違い、これから起こることは単なる恋の進展ではなかった。

 その夜、帰宅が遅くなったときだった。

 ふと、少女の声が聞こえた。

 助けを求めるような、切実な声だった。

 足を止め、声の出どころを探す。

 辿り着いたのは、学校の裏庭。そこには招き猫の像があった。

 こういう像は普通、幸運や厄除けの象徴とされるが……今のこの場には、不気味な雰囲気が漂っていた。

「……何だ? どこから聞こえてくる?」

 その瞬間――

 突如として、空間の裂け目から一人の少女が降り立った。

 俺は目を見開いた。

「あれは……! まさか、今朝夢に出てきた少女!? 何でここに……?」

 時間を超えてきたのか? そんなはずはない。

 しかし、彼女は迷いなく俺を見つめ、こう尋ねた。

「今は何年?」

 その質問に、俺は言葉を失った。彼女は宇宙人でも迷子でもなさそうだった。しかし、その言葉から察するに、この時代の人間ではないようだった。

「えっと... 2023年だよ。なんでそんなこと聞くんだ?」

 彼女はため息をつき、驚いたように呟いた。

「そっか… じゃあ、本当に未来に来ちゃったんだ。」

「未来…?」

 彼女は、すでに覚悟を決めたかのような、気楽そうな笑顔を浮かべて俺に近づいてきた。

「ねぇ、しばらく君の家に泊まってもいい? 私、行くところがないの。」

 思わず息を呑んだ。確かに、もし本当に時間を超えてきたのなら、今の時代に家があるはずがない。けれど、どうやって母さんに説明すればいい? それに、もし二人きりになったら気まずいことにならないか?

 俺はため息をつき、渋々答えた。

「…問題を起こさなければ、まぁいいけど。」

 こうして、俺たちは月明かりの下、家へと歩き出した。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。」彼女は突然言った。「私の名前は|川城《かわき》|白鳥《しらとり》。よろしくね。」

「…あぁ、そうか。俺は|高宮《たかみや》|圭《けい》。よろしく。」

 彼女は柔らかく微笑んだ。

「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど… いい?」

「うん、何?」

「えっと… 実《み》は、いくつかあるんだけど。」

「別にいいよ。答えられる範囲でなら。」

 彼女は少し間を置いてから、こう尋ねた。

「もしかして、彼女とかいる?」

 その質問は、思わぬ一撃のようだった。

「残念ながら、いないよ。」俺はため息混じりに答えた。「でも、まぁ別に必要とも思わないし。」

「そっか… 答えてくれてありがとう。」

 彼女は考え込むような表情で、俺をじっと見つめながら歩き続けた。

「君は今、何歳?」

「16だけど。君は?」

「私も16。偶然だね。」彼女はくすっと笑った。

 その笑顔には、どこか品のある魅力があった。不意に目を逸らしそうになり、頬が少し熱くなるのを感じた。

 家に着くと、俺は母さんに事情を説明した。驚いたことに、彼女は反対するどころか、どこか嬉しそうな様子だった。もしかすると、俺が初めて女の子を家に連れてきたからかもしれない。

 だが、その後、予想外の展開が待っていた。

「ねぇ、圭くんとあなたって、どんな関係なの?」母さんが興味深そうに尋ねた。

 すると、白鳥は無邪気な笑顔で、あっさりとこう答えた。

「私たち、付き合ってます。」

 …は?

 母さんは数秒間沈黙した後、意味深な笑みを浮かべた。

「なるほどね… じゃあ、安心して泊まっていいわよ。」

「ありがとうございます、お母さん!」

 彼女は嬉しそうに答え、俺の方をちらりと見た。

 ──おい、ちょっと待て。

 母さんの視線は、「ちゃんと大事にしなさいよ」と言わんばかりだった。

 こうして、まるで夢のような一日が幕を閉じたのだった。

 もし修正や追加したい部分があれば教えてね!

「お母さん、本当にありがとうございます!」

 彼女の言葉はまるで褒め言葉のようで、お母さんは「絶対に逃がさないでね」という目で俺を見つめた。

 すぐにその意味を理解し、俺たちは夕食を始めた。

「いただきます!」

 今のところ、俺たちは三人だった。父さんは東京へ出張中だった。

 食事の後、彼女は皿洗いを申し出た。

 お母さんは最初断ろうとしたが、最終的に彼女の申し出を受け入れた。

 少しずつ、お母さんも彼女を気に入っているようだった。

 その後、俺は自分の部屋に戻り、今日一日の疲れを癒そうとしていた。

 すると、扉をノックする音が聞こえた。

「入ってもいい?」

 彼女は戸口からそっと手を覗かせ、控えめな声で尋ねた。

 彼女はまだ全てを話してくれていない。これは良い機会かもしれない。

「うん、入っていいよ。」

「お母さんと話したんだけど、二日後から高校に通えることになったの。」

「そうか、それはいいことだな。でも、まだ聞いてなかったけど…

 お前はなぜこの時代に来たんだ? いや、正確に言えば、なぜこの月に?」

「うーん… その前に、お風呂に入ってから話してもいい?」

「まぁ、別にいいけど…」

 彼女は部屋を出ていった。

 …想像しないようにしよう。

 正直、彼女はスタイルもいいし、色々と考えてしまうのも仕方ない。

 でも、そんなことを考えてる自分に少し嫌気がさした。

 俺はすでに彼女が皿を洗っている間に風呂に入っていたので、あとは彼女が終わるのを待つだけだった。

 しばらくして、彼女が風呂から上がると、俺の部屋にやってきた。

「もういい? 入っても?」

 彼女の風呂上がりの姿を見たかった気持ちを抑えつつ、俺は言葉を詰まらせた。

「う、うん… どうぞ…」

 彼女は静かに部屋に入り、俺の視線を捉えるように自然な仕草でこちらを見た。

 机の前の椅子に座ると、俺が書きかけていたノートには目もくれず、話し始めた。

「実は… あなたに起こるかもしれないことを避けたかったの。」

「どういうこと? だって、お前は過去から来たんじゃないのか?」

 俺は少し挑発するように問い詰めた。

 彼女は軽くため息をつき、まるで「ちゃんと説明しなかった私が悪い」とでも言うような表情を浮かべた。

「…実は、両方よ。過去と未来、どちらからも来たと言えるわ。」

「は?」

「私は 2050 年、2010 年、そして他の時代も旅してきた。

 でも、詳しく話してもきっと理解できないと思うから、説明しても無駄ね。」

「……?」

「結局、『彼ら』が存在するのは、この時間軸だけみたい。」

「『彼ら』?」

「かつて神《かみ》だった存在よ。

 でも、自らの力を捨てて普通の人間として生きることを選んだの。

 しかも、以前の記憶も持たずにね。」

「待てよ、その話を信じろって? そんな馬鹿げたこと…。」

「信じるかどうかはあなた次第。ただ、私はどうやってここに来たのかを話してるだけ。

 それに、長い間旅を続けてきたから、そろそろゆっくり休みたいのよ。だから、ここにいるの。」

「つまり… この『神々』とやらが平和に暮らしているこの時間軸《じかんじく》にたどり着いて、

 それを見て、自分も穏やかに生きたくなったってことか?」

「正解。私も漫画やアニメみたいに、普通の生活を送りたいだけ。」

 彼女の話は感動的とは言えなかったが、筋は通っていた。

 この世界の外にどれだけの並行世界があるのかは分からないが、

 彼女が長い間旅を続けてきたのなら、休みたくなるのも無理はない。

「まぁ… それなら、好きなだけここで過ごせばいいさ。別に俺は気にしない。

 でも、その前に一つ聞きたいことがある。」

 彼女は首を傾げ、少し戸惑った表情を浮かべた。

「どうして母さんに、お前が俺の彼女だって言ったんだ?」

「それ、今さら聞く? 住む場所が必要だったのよ。

 それに、私がこの世界で知ってるのはあなただけ。

 他にどうしようもなかったでしょ?」

 …確かに、その通りだった。

 それに、明日から一緒に学校へ通う可能性もある。

 とはいえ、彼女には制服がないから、すぐに通学するのは難しそうだが。

 俺はため息をつき、この話題を終わりにすることにした。

 彼女が普通に生活するつもりなら、学校に通うのも悪くないだろう。

 ただ、それはまた別の日に考えればいい。

 結局、母さんは客間を用意してくれた。

 しばらくの間、彼女はそこに住むことになる。

 こうして、長い一日が終わった。

 だが、この出来事はまだ序章にすぎなかった。