その日が来た。もう起きる時間だったが、どうしても起きたくなかった。たぶん、これが俺にとって一番の難題だった。自分自身と向き合うこと。それは《容易》たやすいなことではなかった。
まだ朝早く、鳥たちはようやくさえずり始め、太陽はまだ顔を出し始めたばかりだった。幸いなことに、今は夏ではなく、春が始まったばかりだった。しかし、そうは言っても、俺は起きようと努力し……そして、すぐに諦めた。
突然、白鳥が現れた。彼女は勢いよくドアを開け、その衝撃で俺は即座に飛び起きることになった。
「カワキさん、何してるの!? 心臓が止まるかと思った!」
ドアの音があまりに大きかったせいで、俺の心臓はまだドキドキしていた。
「ごめんね。あなたのママに起こしてって頼まれたから、こうするしかなかったの。」
彼女は俺をじっと見つめながら、不安そうな顔をしていた。そして、ニヤリと笑いながら、俺の方へとゆっくり近づいてきた。
「起きられないの? このままだと遅刻しちゃうよ?」
その言葉に俺は観念し、ようやく布団から抜け出した。彼女も一緒に部屋を出た。俺はまだ眠気が残っていたが、彼女は朝から《驚異的》きょういてきなほど元気いっぱいだった。
朝からそんなに元気なの、すごいな……。
下へ降りると、彼女がどれだけ朝食の準備を手伝ってくれたのかがわかった。その後、彼女はシャワーを浴びに行き、俺は朝食を食べることにした。まだ時間はたっぷりあった。
ゆっくり朝食を取り終えたとき、弁当箱が青い風呂敷で包まれているのに気づいた。しかし、それとは別に、母がもう一つのお弁当を準備していた。今度はピンクの風呂敷だった。それを見た瞬間、俺は驚き、じっとその弁当箱を見つめてしまった。
これはつまり……白鳥と俺が一緒に学校へ行くということだ。
それはちょっと《心躍》こころおどるする展開だった。
でも、一つ疑問があった。彼女はどんな制服を着るんだ?
気になった俺は、母に尋ねた。
「言い忘れてごめんね。今朝、白鳥ちゃんと話していてね。彼女のご両親が、あなたと同じ学校に通うようにってお願いしてきたのよ。それで、私が学校の校長先生と話して、書類さえ出せば、今日から登校できることになったの。」
「そうなんだ……。でも、制服は?」
「大丈夫。こういう時のために、一着用意しておいたの。」
母は得意げな顔をしていた。まるで、すべて《計画通》けいかくどおりりだったかのように。
「先に言ってくれよ……。」
食事を終えた俺は、白鳥が降りてくるのを待った。春服の制服姿の彼女を見るのが楽しみだった。
そして、ついに彼女が現れた。
白く美しい足が映える、セーラー襟のブラウスにグレーのプリーツスカート。それに赤いリボンがアクセントになっていた。長い金髪が腰まで流れ、彼女の魅力をさらに引き立てていた。
これは……誰だって見惚れる。
「どう? 似合ってる?」
彼女は愛らしい笑顔を見せながら尋ねた。
「えっと……かわいいよ。」
恥ずかしさに声が震えたが、それが本音だった。
「じゃあ、学校へ行こう。」
彼女は朝食を食べ終え、お弁当を手に持ち、俺たちは一緒に家を出た。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
学校へ向かう道すがら、期待と同時に少しの不安もあった。
学校での俺たちの関係を、周りがどう思うのか……。
そして、学校に着くと、案の定、白鳥に向けられる視線が多かった。
だが、彼女はそんなことを気にする様子もなく、軽く手を挙げながら「やっほー」と無邪気に挨拶していた。
視線の数は《驚愕》きょうがくするほど多く、女子生徒たちも彼女を《感嘆》かんたんの眼差しで見つめ、男子生徒たちはまるで恋に落ちたかのようだった。
それほどまでに、彼女の存在感は《圧倒的》あっとうてきだった。
白鳥は相変わらず優しく微笑んでいたが、周りを見渡すと、俺に向けられた視線も多かった。それは《羨望》せんぼうと《嫉妬》しっとに満ちたものだった。当然の反応かもしれないが、大勢に見られるのは居心地が悪かった。
そもそも、俺には友達がいなかった。だからこそ、これほどの注目を浴びるのは正直うんざりだった。
そして、校内に進むにつれ、その視線はさらに増していった。しかし、白鳥は途中から挨拶をやめ、ただ静かに微笑みながら、両手でカバンを抱えるように持っていた。
俺たちは、彼女が入学手続きをするために別れた。俺は一人で教室へ向かったが、まだ多くの視線を感じていた。
白鳥を見た生徒たちは、まるで「一目惚れ」したかのようだった。本気を出せば、彼女は世界を《征服》せいふくできるかもしれない。しかし、それが彼女の目的ではなかった。
…いや、俺の理解が足りないだけなのか? 彼女はまず「《転生》てんせいした《神々》かみがみを探している」と言っていた。それなのに「普通の生活を送りたい」とも話していた。どっちが本当なんだ? それとも、どちらも本心なのか?
授業が始まる前に、自分の席についた。
ちょうど先生が教室に入ろうとしたとき、何かに気を取られたようだった。
一瞬、時間が《停止》ていししたような感覚があり、少し間を置いてから、聞き覚えのある声が廊下から響いた。
先生はそのまま教室へ戻り、黒板の前に立った。
「今日は新しい生徒が転入する。入っていいぞ。」
その言葉とともに、新入生が教室へ入ってきた。
……驚いたことに、それは白鳥だった。
俺は教室の後ろの席に座っていたため、その光景をはっきりと目にすることができた。
他の男子たちも同じように驚いていたが、彼らの目は純粋な《憧憬》どうけいに満ちており、まるで教室に春が訪れたかのような空気になった。
白鳥はチョークを手に取り、黒板に名前を書いた。そして、振り返って微笑みながら自己紹介をした。
「川城白鳥です。みなさん、よろしくお願いします!」
その瞬間、クラスの男子たちは彼女をまるで「天から舞い降りた女神」のように見ていた。
近くで、誰かが小さくつぶやくのが聞こえた。
「……神様、ありがとう……。」
さすがに、それを聞いたときは少し引いた。
「では、席についてくれ。」
先生の指示に従い、白鳥は空いている席を探し始めた。
男子たちは彼女を熱心に見つめていた。おそらく、あとで必ず話しかけに行くだろう。
しかし——
白鳥は俺の姿を見つけると、一瞬驚いた表情を浮かべ、次の瞬間——
まるで子供のように無邪気に、俺に抱きついてきた。
「わぁ!ケイくん!同じクラスなんて嬉しい!」
彼女は俺にしがみつき、思い切り抱きしめてきた。その感触は心地よかったが、この状況はあまりにまずい。
案の定、教室中の男子たちの視線が俺に突き刺さった。再び、《嫉妬》しっとと《怒気》どきに満ちた眼差しを向けられる羽目に。
……正直、地獄だった。
しかし、その中に一つだけ異なる視線があった。
それは、光 舞《ひかる まい》さんだった。
彼女は昨日、俺のことを心配してくれた唯一の存在で、普段からよく話している相手だった。
彼女は窓際の二番目の席に座っていて、俺たちの様子をはっきりと見ていた。
俺が彼女の方を見ると、彼女は一瞬、何かを考えたような表情をし、それからすぐに目をそらした。
怒っているのか? それとも別の感情なのか?
よく分からなかったが、その反応はどこか妙だった。
一方で、白鳥はさらに強く俺に抱きついたまま、楽しそうに微笑んでいた。
ついに先生が口を開いた。
「……へぇ、お前たち、随分と親しいんだな。」
彼は特に驚いた様子もなく、淡々とした口調だった。
この先生はまだ若いが、やる気があるわけでもなく、時折妙に《率直》そっちょくなことを言うタイプだった。まるで漫画に登場する脇役教師のようだったが……彼がそんなに重要な役割を担うとは思えなかった。
とはいえ、この誤解は早めに解いておくべきだと思った。
「ただの友達です。」
「ううん、付き合ってるよ。」
——俺たちの言葉が同時に重なった。
だが、白鳥の発言の方が圧倒的にクラス全体に響き渡った。
一瞬、教室内の空気が《凍結》とうけつする。
そして、ある男子生徒が立ち上がり、叫んだ。
「そんなの信じるわけないだろ!!」
白鳥は俺からゆっくりと身を離し、《挑発的》ちょうはつてきな笑みを浮かべながら言った。
「信じてくれないの? じゃあ、証明してみせようか。」
彼女は俺の方を見つめながら、まるで何も考えていないような無邪気な声で続けた。
「キスすれば信じてくれる?」
——瞬間、俺は真っ赤になった。
まともに言葉を発することさえできなかった。
一方、さっきの男子生徒は無言で席に戻ってしまった。
なんとも言えない微妙な空気が教室中に漂う。
白鳥はそのまま教室の後方へと歩き、右側の列の席に腰を下ろした。
……俺の人生、終わったかもしれない。
いや、それよりも——
唯一の友人だった光さんも、今の件で俺のことを嫌いになったかもしれない。
俺の心には、深い《絶望》ぜつぼうが広がった。
だが、それでも、周りの視線は変わらず俺に注がれていた。
ふと川城さんを見ると、彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。
まるで「正しいことをした」と言わんばかりに——
その表情を見て、なんとも言えない気持ちになったが……今はそれどころじゃない。
授業が、もうすぐ始まるのだから。