帰り道、川城さんと一緒に歩いていると、彼女が人混みの中で際立っている《きわだっている》のがよく分かった。多くの人が驚いたように彼女を見つめ、その姿を目にすることが特別な出来事であるかのようだった。よく考えてみれば、それも当然かもしれない。彼女は自然と人目を引く存在であり、まるで物語の主人公が他の登場人物を圧倒するかのようだった。
今はただ、彼女が楽しそうに歩いている姿を眺めるだけで十分だった。まるで子供のように軽く鼻歌を歌いながら、純粋な喜びを振りまいているように見えた。
そんな中、本屋の前を通りかかったとき、彼女は突然足を止めた。まるで見えない力に導かれたかのように、入り口の前でピタリと動きを止めたのだ。
その本屋はモダンなデザインで、明るく照らされた本棚が並び、落ち着いた雰囲気を醸し出していた《かもしだしていた》。しかし、何かがおかしかった——店内にはほとんど人がいなかったのだ。
「圭くん、入ってもいい?」
その時の彼女の声は、いつもの気楽で遊び心のあるものではなかった。どこか真剣で、まるでこれから何か重要なことをするかのように、静かで慎重な響きを帯びていた。
「うん、いいよ」
深く考えもせずに頷いた。彼女は一瞬だけこちらを見つめ、私の返事を確認すると、再び本屋の入り口へと視線を戻した。
自動ドアが静かに開き、私たちは中へと足を踏み入れた。
「本を買いたいの?」
彼女の突然の行動の理由を探るように尋ねた。
「うん、物理の本が欲しいの。この世界の仕組みを、他の世界と比べて理解したいから。何か変なのよ……この惑星の外側が。」
彼女の返答に思わず息をのんだ。
「どういう意味?」
私たちは店の奥へと進み、科学書の棚へと向かった。彼女の言葉に妙な不安を覚えた。何かが背筋をざわつかせた。
「そのままの意味よ。」
川城さんはそう言いながら、本の背表紙に指を滑らせていく。
「この惑星は、他の星と同じように流れている。でも、その外側は……そうじゃない。何かが違う。奇妙なの。」
彼女の言葉の響きに、ぞくりと寒気が走った。
すると突然、川城さんがある本棚の前で立ち止まった。
彼女の目がある一冊に釘付けになり、迷うことなくその本を取り出した。
両手でしっかりと持ち、じっと表紙を見つめる。
タイトルは緑色の文字で強調され、白い表紙にくっきりと浮かび上がっていた。
私はうまく読めなかったが、彼女の表情から、それがまさに求めていたものだと分かった。
彼女は満足げな笑みを浮かべると、くるりと踵を返し、レジへと向かった。
数秒間その場に立ち尽くしたが、手ぶらで出るのも気が引けた。そこで、彼女が選んだ本と同じものを手に取り、彼女が支払いを済ませる前に追いつこうと急いだ。
カワキさんが選んだ本のタイトルは、白い表紙の上に緑色の文字で強調されていた。しっかり読むことはできなかったが、彼女が求めていた情報が載っているのは確かだった。
彼女は嬉しそうな表情を浮かべ、もう一度満足げに微笑むと、レジへと歩いて行った。
しばらく彼女を眺めていたが、やはり手ぶらで出るのは嫌だったので、同じ本を手に取り、支払いを終える前に追いつこうとした。
本屋を出ると、ちょうど自動ドアが閉まるところだった。カワキさんはイタズラっぽい笑みを浮かべた後、手を口元に当て、クスクスと笑いをこらえるような仕草をした。
「どうした?」と尋ねると、なんだか落ち着かない気分になった。「何か悪かったか?手ぶらで帰りたくなかっただけだけど。」
しかし、彼女は何も答えなかった。ただ本を胸に抱きしめながら歩き出し、また鼻歌を歌い始めた。まるで先ほどの真剣な態度などなかったかのように。
そのまま特に会話もなく、帰路についた。
家に着く頃には、すっかり夜になっていた。静かな通りには、時折遠くから車の走る音が響く程度だった。街灯の光が歩道をぼんやりと照らし、長い影を作っていた。
玄関の扉を開けると、母が迎えてくれた。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
カワキさんは素早く靴を脱ぎ、スリッパを履くと、そのまま自分の部屋へと駆け上がっていった。あまりの速さに、僕がまだ片方の靴を脱ぎ終える前に、彼女の姿はすでになかった。
よほど本が気になるのだろう。その様子を見て、思わず微笑んでしまった。
母はそんな僕の表情に気づいたのか、ほんの少し微笑み、クスッと小さく笑った。
「何かあった?」と、僕は疑いの目を向けながら尋ねた。
「いいえ、何でもないわよ。」母は微笑みを隠しながらそう答えた。
彼女の言い方が少し気になったが、特に深く考えず、スリッパを履き、階段を上がった。
部屋に入ると、机の上に散らかったプリントを端に寄せ、リュックを置いた。
さて、予定していたことを始めるか。
時間を有効活用するために、まずは宿題を終わらせることにした。それが済めば、小説のアイデアをまとめる作業に取り掛かろう。
僕はずっと、自分が考えた物語をすべて同じ世界観で繋げたいと思っている。しかし、それが本当にうまくいくかどうかはわからない。
短編小説を書こうとしても、思うように仕上がらないことが多い。こんなに難しいものだとは思わなかった。
夕食ができるまでの間、小説を読みながらいくつかの細かいことに没頭していた。
いろいろなことを考えていたが、ふと、学校で使っているノートに何かメモをしていたことを思い出した。ノートを取り出そうとしたとき、一緒に買った本が目に入った。
「10歳の天才が物理学の最大の問題の一つを解決した」
緑色の文字が表紙の上で輝いていた。
今はあまり気にしなかったが、小説に物理学の要素を取り入れるのも面白いかもしれない、と思った。
その考えがやる気をかき立てた。ちょうど本を手に取り、書き始めようとしたとき——
コン、コン、コン。
小さなノックの音がドア越しに聞こえた。
「あとでいいから、私の部屋に来てくれる?」
少し控えめな声だったが、俺は軽く頷き、「分かった」と返事をした。
彼女の足音が遠ざかるのを聞いて、ひとまず安心した。再び小説の内容を考え直したが、途中で話しかけられたせいか、浮かんでいた良いアイデアが少し抜け落ちてしまった気がした。
しばらく執筆を続けた後、気分をリフレッシュするために風呂を沸かし、ゆっくり温まることにした。
風呂から出ると、彼女の部屋から声が聞こえた。
「やっぱり!」
まるで何かを確信したかのような声だった。
何かあったのかと気になり、様子を見に行くことにした。
ドアが開いていたので、部屋の中を覗くと、彼女は驚きと喜びが入り混じったような表情で、本を抱えていた。
「この世界…この世界には、二つ以上の時間軸がある。それで説明がつく…!」
何を言っているのか、俺には全く理解できなかった。だが、とりあえず驚いたふりをして、適当に相槌を打った。
すると突然、彼女は本を手放し、俺の手を取った。
反応する間もなく、頬にキスをされ、そのままベッドの上に引き寄せられた。
「ありがとう。君がいなかったら、この世界の仕組みを理解することはできなかった。」
いつもと違い、その笑顔はどこか優しく、純粋で…初めて見る表情のように感じた。
その瞬間、彼女が何を言っているのかよりも、突然のキスに意識が向いてしまった。
頬が熱くなり、心臓の鼓動が早まるのを感じた。
そんな俺の様子を気にすることなく、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
だが…何かがおかしい。
彼女はさらに俺の方へと近づき、体が触れ合うほどの距離になった。
正直、不快というわけではなかったが、これ以上続くと問題になるのは明らかだった。
いや、すでに問題なのかもしれない。
少し距離を取ろうとしたが、彼女が俺の首に腕を回し、逃げ道を塞いだ。
仕方なく観念したが、この状況から抜け出すために、せめて会話で流れを変えようと考えた。
「……そんなに嬉しいことでもあったのか?」
彼女は身を起こし、キスの勢いで乱れた髪を軽く整えた。
そのまま、俺に手を差し伸べる。
少し迷ったが、そのままにしておくのも悪い気がして、手を取ることにした。
彼女は軽く引っ張り、俺を立ち上がらせた。
すると、彼女は本のページを開き、ある写真を指さした。
そこには、一人の少年が写っていた。
「この写真の少年、佐々木《ささき》ミナミ《みなみ》。彼は、この世界に転生した|神の一人《魔王》よ。」