第260章:私は人に追われる感覚を経験したことがない

休憩時間になると、いつも女子たちが彼に駆け寄ってタオルやミネラルウォーターを差し出していた。古川真雪もそんな女子の一人だった。

今思い返せば、久保清森と知り合ってから、自分の青春は彼で満たされていた。思い出せる過去のすべてが彼との記憶だった。

「覚えてる?ある日、君が体調を崩しながら僕の練習を見に来て、休憩時間に他の女の子に押されて気を失ったことがあったよね」

耳元に清森の笑みを含んだ声が聞こえ、真雪が顔を横に向けると、清森が満面の笑みで彼女を見つめていた。その眉間には水のように優しい表情が浮かんでいた。

真雪は彼から視線を外し、前方を見つめた。「うん、あの時のことがきっかけで、父が放課後にいつも私が君の学校に忍び込んでいることを知って、叱られた後に放課後の塾に通わされることになったの」

清森は眉を少し上げ、目に疑問の色を浮かべた。「え?」

「ああ、君に会うために、私は一度も塾に行かなかったの」

清森は思わず笑みを漏らし、彼女の若かりし頃の狂気じみた大胆な行動に可笑しさを感じた。

「清森」

「うん?」

「何年も君を追いかけてきたけど、私は誰かに追いかけられる感覚を味わったことがないの。だから君に私を追いかける機会をあげたい。もし追いつけたら、また一緒になればいい。追いつけなかったら…少なくとも私たちは試してみたということで、お互い幸せになればいい」

彼女の声は花の囁きのように柔らかく、清森の耳に届いた時、それは嵐のように彼の心に波を立てた。

彼は真雪を見つめる目に興奮と感動の色を宿し、力強くうなずいた。「ありがとう、真雪」

清森が望むものはそう多くなかった。ただ一つのチャンス、真雪に優しくできるチャンス、そして彼らが復縁できるチャンスだけだった。

真雪のバッグの中で携帯電話がブルブルと振動した。彼女はハンドバッグから携帯を取り出し、吉田語春からのメッセージを見た——

【当たってたわね。確かに私は久保清森から利益を受け取ったわ。彼が私にくれた見返りは、一生あなたに優しくするという約束だった。だから私は受け入れたの。彼がその約束を守って一生あなたに優しくしてくれることを願ってるわ。今は帰宅途中よ。賀成市に二日間いただけで、夫と子供たちが恋しくなったわ。それと、いつでも私たちに会いに来てね】

真雪は微笑み、携帯をバッグに戻した。