第288章:この女はほんとに面倒を厭わない

「先日、ことのね編集部が2階を貸し切る予約を入れてきました。重要な人物のインタビューがあるそうで、インタビューの場所を私たちのレストランの2階テラスに設定したいとのことでした」

「ええ、それはいいことね」

古川真雪は少し不思議に思った。とても良いことなのに、なぜ溝口律毅の表情がどこか硬いのだろう。

「ことのね編集部はインタビューを受ける招待客が誰なのか明かしませんでした。今朝になって初めて、インタビュー対象がモデルの夏目宣予だと知りました。どうやら夏目宣予が出版した小説の宣伝をしたいようです」

真雪の唇に、かすかな笑みが浮かんだ。彼女は頷いて理解したことを示した。

「贈り物として、夏目さんのアシスタントが店の従業員全員に直筆サイン入りの小説を一冊ずつ配ってくれました」

「まさか彼女にそんな才能があったなんて。一冊持ってきてもらえる?拝読してみるわ」

真雪の顔に浮かぶ笑顔は優雅で優しげだったが、瞳の奥には笑顔とは正反対の冷たさが満ちていた。

そして彼女の一見楽しげな言葉の中には、薄っぺらな皮肉が込められていた。

「はい、わかりました」律毅は頷くと、彼女のオフィスを出て、カウンターから宣予のアシスタントが贈った小説を一冊取り、再びオフィスに戻ってきた。

真雪はついに夏目宣予の小説を読んでみることにした。彼女が描く「感動的な」ラブストーリーがどんなものか見てみようと思ったのだ。

真雪はこの小説が、宣予が彼女と久保清森との過去を題材にして書いたものだと知っていた。

そのことを知っていたため、これは宣予が脚色を加えたラブストーリーに過ぎないと自分に言い聞かせても、つい清森をこの小説の登場人物に重ね合わせてしまうのを抑えられなかった。

この小説の中で、真雪の役は陸橋純嘉という名のお嬢様で、気性が荒く、自分を偽るのが得意で、目的のためには手段を選ばず、鎌田敬賢と結婚するために彼の家族に取り入ろうとする人物として描かれていた。

純嘉のイメージは徹底的に悪役化されており、完全に嫌われ者の女性キャラクターなのに、運良く敬賢と結婚できたという設定だった。