第172章 彼に属する一秒

朝比奈初がバラエティ番組の生放送でインタビューを受けているのを見て、長谷川彰啓も彼女が忙しい時に邪魔をしないよう、とても辛抱強く待っていた。

山口秘書が最後の書類を整理し終えた時、ようやく定時を過ぎていることに気づいた。長谷川社長がまだオフィスから出てきていないのを見て、彼も自分の持ち場を離れる勇気が出なかった。

今日は残業の連絡を受けていなかったので、彼は長谷川社長がまだ何か処理し終えていない仕事があるのだろうと思い、熱いお茶を一杯入れて彼が退社するのを待つことにした。

10分が経過し、山口秘書のお茶も飲み終わったが、まだ彰啓が出てくる気配はなかった。彼は不安そうにドアの外から様子をうかがい、何度かノックしようとしたが、手が止まってしまった。

もし社長が中で仕事をしていたら?

突然ノックして邪魔をしてしまうのではないか?

……

しばらくして、山口秘書はすっかり落ち着かなくなり、デスクに戻って明日必要な書類の束を持ってドアをノックすることにした。先に彰啓に書類を届けて、彼がいつ仕事を終えるのか確認しようと思ったのだ。

山口秘書は軽くドアをノックすると、彰啓はすぐに入るように言った。

入室する前に、山口秘書は何を言うべきか考えていたが、完全に入る前に、スマートフォンのスピーカーからの音がはっきりと聞こえてきた。

山口秘書はゆっくりと中に入り、足取りが思わず躊躇いがちになった。「社長、残業ではなかったんですね?」

「何の残業だ?」彰啓は軽く答え、まぶたさえ上げず、うつむいたままスマホの画面から一瞬も目を離さなかった。

「……」その瞬間、山口秘書の心はほとんど砕けそうになった。

長谷川社長が一生懸命残業していると思っていたのに、実は彼がスマホを見ていたなんて、しかも朝比奈初のバラエティ番組を!

山口秘書が書類の束を抱えてテーブルに置くと、彰啓はようやくゆっくりと顔を上げ、彼が置いたばかりの書類を見つめ、眉をひそめて言った。「これを持ってきた理由は?」

「もう退社時間ですから、先に持ってきました」山口秘書は命がけで主君に付き合うような表情をしながらも、特に「退社」という言葉を強調した。

「知らない人が聞いたら、部下が上司に残業を強いていると思うぞ」