長谷川彰啓は朝比奈初が荷物を取りに動き出すのを見て、わざとタイミングを計って電話をかけた。
彼女が動き出すのを見て、カメラマンは自分の足を動かさず、ただ生中継のカメラの向きを調整して彼女の姿を追った。これでカメラの揺れを減らせる。そばにいた子羊は好奇心からカメラに近づき、画面に映り込んだ。
朝比奈初は車のドアを開け、身をかがめて半身を車内に入れ、バッグを取ろうとした。携帯がバッグの中で振動しており、彼女が近づいたときにちょうどその音が聞こえた。
彼女はストラップを引っ張ってバッグを手に取り、車のドアの前に立ったまま何気なく携帯をバッグから取り出した。
初は顔を下げ、画面の着信表示を見て、目を少し細めた。
しばらくして、初は電話に出て、耳に当てた。
電話がつながった後、彼女は彰啓がこちら側で話しているかどうかわからなかった。草原の風は絶え間なく吹いており、彰啓の方でも風の音が聞こえるほどだった。
初は眉を少し上げ、バッグを腕にかけると、無意識に手で口元を覆い、周囲の雑音を減らしてからゆっくりと口を開いた。「この電話は私からかけるはずじゃなかった?」
カメラマンと初の間にはやや距離があり、外部要因も加わって、画面の前の視聴者はおろか、その場にいる人たちでさえ初の話す声は聞こえなかった。
【朝比奈さん、誰と電話してるんだろう?手で隠すなんて神秘的、私たちに聞かれたくないのかな】
【前の人、もしかして風が強すぎて相手の声が聞こえないだけじゃない?あんなに離れてたら手で隠さなくても聞こえないよ】
【子羊に憑依したい、そうすれば朝比奈さんに近づけるし、電話の内容も聞けるのに】
【朝比奈さんが手で隠しちゃったから、読唇術が使えないよぉ】
彰啓は彼女がこの件を持ち出すのを聞いて、眉間のしわをゆっくりと緩め、低い声で言った。「覚えていたんだな」
「今思い出したところ」
「……」
この風の音はコミュニケーションに少し影響していた。初は聴力にも影響があると感じ、彰啓の方でもそうだろうと思った。
彼女は彰啓に言った。「ちょっと待って」
初は突然身をかがめ、車内に座った。
子羊も前に歩み寄り、首を近づけようとしているのを見て、この風が車のドアを動かすことはないだろうが、安全のために初は手早くドアを閉めた。事故を防ぐためだ。