第293章

ドライヤーの電源が切られると、騒がしい音が一瞬で消え、広い部屋はすぐに普段の静けさを取り戻した。

長谷川彰啓は何気なくドライヤーをテーブルに置き、目線を落とした瞬間、朝比奈初の視線と交錯した。脳裏には先ほどのあのシーンが浮かんでしまう。

彼が黙り込んでいるのを見て、初も何かを察したようだった。

次の瞬間、初は顔を上げて彼を見つめ、唐突に口を開いた。「キスしたわけでもないのに、私に得をされたみたいな顔しないでよ」

彰啓は「……」

言われてみれば、確かにもう少しで唇が触れるところだった。

心の中の雑念を払い、気まずさも和らいできたところで、彰啓は落ち着いて尋ねた。「さっき何か聞いてたか?」

「航からメッセージ返ってきた?って聞いたの」

彰啓はわずかに躊躇してから、低い声で答えた。「まだだ」

実は初がお風呂に入っている間に、彼はすでに江川航からの返信を受け取っていた。

その時メッセージを見ていなかったとしても、江川たちの同意を得るのは難しくなかったはずだ。

今、初がその後の展開について尋ねても、彰啓は依然として本当のことを言わなかった。

「嘘でしょ?」初は少し驚いた様子で彼を見つめた。「場所も教えてくれないの?じゃあ明日どうやって行くの?」

「明日、彼が来るよ」彰啓は少しも焦った様子を見せず、まるで明日出かける人が自分ではないかのように答えた。

初が突然黙り込むのを見て、彰啓は好奇心から尋ねた。「どうした?」

「私は8時前に出なきゃいけないし、あなたはどこに行くかも分からないし、何時に出発するかも分からない」初は彼を見つめ、目に決意の色を浮かべながら、強調して言った。「どうやら私たちは道が違うみたいね」

彰啓は「……」

「お風呂入ってきたら?私は自分で乾かすから」初はドライヤーを手に取り、わざわざ彰啓の返事を待つこともなく、スイッチを入れた。再び騒がしい音が部屋中に響き渡った。

初が彼の手助けを必要としなくなったので、彰啓はようやく身を翻して別の場所へ向かった。

彰啓は携帯を取り出し、江川航にメッセージを送った。【明朝7時に俺のところに来い】

その時、航は彰啓からのメッセージを受け取り、同様に傍らにいる友人に伝えた。「長谷川が明朝7時に彼のところに行けって」