「ここにいられないの?」朝比奈初が電話で住所を聞こうとしても、彼を留めようとしなかったことに、長谷川彰啓は不満げに眉を上げた。
「あなたは何もできないでしょ。ここにいても何の役にも立たないわ」
彰啓は「……」と黙った。
「もし私が帰らずに、ここに残ったら、あなたの邪魔になる?」
初は考えることなく答えた。「そうよ。こんな素敵な景色があなたの背景になんてさせられないわ」
そう言うと、初は江川航に電話をかけようと携帯を取り出したが、連絡先を開く前に彰啓が質問してきた。「俺を絵の中に描き入れて、主役にするつもりなのか?」
「いい気になって。今日の主役は祖国の緑の山と青い水だけよ」彼女は今日、目の前の紅葉の森を目当てに来たのだった。
この秋、彼女はあまり絵を描いていなかったため、多くの色鮮やかな景色を見逃していた。南の方はまだ十分に寒くなく、ほとんどの植物に変化が見られなかった。
紅葉はちょうどこの時期に色が変わり始め、赤と黄色が交錯していた。よく見ると、木の先端にはまだかすかな緑が残っており、これこそ初が求めていた効果だった。
「安心して描いてくれ。邪魔はしないから」彰啓は彼女の荷物を置いた後、すぐに彼女の構図の邪魔にならない場所へ下がった。
彼がこれほど自覚的で、残りたがっているのを見て、初はもう彼を追い払おうとはしなかった。
彼女は携帯をしまい、彰啓を見て言った。「絵を描き終わるまで2時間くらいかかるかも」
「構わないよ。俺の時間はすべて君のものだから」どうせ彼は急いでいなかったし、処理しなければならない緊急の用事もなかった。
初は比較的平らで、角度と光の具合が満足できる場所を見つけ、イーゼルを立て始め、色鉛筆を取り出して紙の上に熟練した手つきで色を塗り始めた。
彰啓が退屈しないように、初はわざわざバッグからカメラを取り出し、彼に渡した。「任務を与えるわ。写真を撮ってきて」
「わかった」
彰啓は初からカメラを受け取り、電源を入れ、簡単にカメラの設定を調整してから、レンズを初に向けた。「どんな写真を撮ればいい?横顔?後ろ姿?」
初は顔を向け、レンズが自分に向けられているのを見ると、呆れた表情を浮かべ、不機嫌そうに言った。「何が風景写真よ?私を撮れって言ってないでしょ」
私の写真なんて何に使うっていうの!