長谷川彰啓が家に戻ったのは十一時過ぎだった。寝室のドアの前まで来ると、彼は無意識に足を止め、ドアノブに手を掛けてゆっくりと回した。
この時間には朝比奈初はもう寝ているだろうと思っていたが、ドアを開けると寝室は明るく照らされていた。さらに意外だったのは、初がベッドの背もたれに寄りかかっていたことだ。ドアが開く音を聞いて、初が顔を上げると、二人は思いがけず目が合った。
夜遅く帰宅して誰かが待っているという感覚に慣れていないせいか、彼の心には言葉にできない複雑な感情が湧き上がった。別に後ろめたいことをしたわけではないのに、初のあの目を見ると、なぜか心が落ち着かなかった。
初は本能的に少し顔を上げたが、そこに感情は見られなかった。彰啓が戻ってきたのを見ても、何も尋ねず、目を伏せて再び携帯を見始めた。
彼女があまりにも冷静な態度を見せるので、彰啓はかえって雰囲気がおかしいと感じた。
彼はドアを閉め、ゆっくりと部屋に入り、視線を初に向けた。低く少しかすれた声で優しく尋ねた。「まだ寝てなかったの?」
初は軽く「うん」と答えた。「もう寝るところ」
彼女があまり嬉しそうでないのを感じ、彰啓の気持ちも知らず知らずのうちに彼女に影響されていた。
彼はスーツを脱ぎ、腕に掛けて、ゆっくりとベッドに近づいた。
初は薄い影が自分に落ちるのを感じ、興味深そうに顔を上げた。彰啓が近づき、ベッドの端の布団をめくって座り、彼女の方を向いているのを見た。
彼の突然の接近は初が予想していなかったことだった。彼女は携帯を置いて彼と目を合わせ、ゆっくりと声を出した。「どうしたの?」
彰啓は少し目を細め、彼女の反応をじっくりと観察した。非常に冷静に彼女を見つめ、淡々と言った。「これからは外で僕の顔を気にする必要はないよ。僕に迷惑がかかるとか心配しなくていい。法律に触れなければ、誰も君に手を出せないから」
彼は初が何を気にしているのか、また彼女が物事に冷静に対処するポイントがどこにあるのかを理解していた。
今夜起きたことは、大きくも小さくもなりうることだった。
声をかけてきた男たちは皆、一線を越えないよう気をつけていたし、連絡先を求めることも特に行き過ぎた行為ではない。ただ、あのあってはならないルームキーは確かに彼女の気分を害するものだった。