長谷川彰啓は椅子から立ち上がり、出る前に山口秘書に指示を出した。「後で予定をまとめて私のメールボックスに送っておいてくれ。」
山口秘書は積極的に応じた。「かしこまりました。」
長谷川が会議室を出て行くのを見送り、山口秘書はようやく一息ついた。
江川航がまだ会議室に残っているのを見て、山口秘書は思わず話しかけた。「江川副社長、もう年末ですし...長谷川社長はこの時期にボーナスをカットしたりしないですよね?」
「安心しろよ、そんなことはない」江川は山口秘書がボーナスを気にしている様子を見て、少し冗談めかした口調で言った。「本気でカットするつもりなら、お前のボーナスなんてとっくになくなってるさ」
「社長、今日はなんか様子がおかしくないですか?」そう言って、山口秘書は抽象的な例を挙げた。「まるで魂が抜けたみたいで」
江川はその言葉を聞いて、軽く眉を上げ、意味ありげに言った。「たぶん本当に魂を失ったんだろうな」
「え?」山口秘書は困惑した表情で、冗談めかして続けた。「じゃあ社長の魂はどこに行ったんですか?探しに行って取り戻せるかもしれませんよ」
「どこにあるって?奥さんのところに決まってるだろ。お前が取りに行けるなら行ってみろよ」
山口秘書はそれを聞いて首を振った。「そんなこと、とてもできません!」
九頭の牛でも引き戻せないだろう!
江川:「……」
昨晩の宴会で、朝比奈初は完全に場を支配していた。
出席者が年長者ばかりだったにもかかわらず、不快な行動があれば、初はその場で指摘する勇気があった。これだけでも、できる人はほとんどいない。
まず彰啓のために積極的に三杯の罰杯を断り、反対や疑問の声が上がった時も、初は新しい理由を出して相手を説得し、自分は完璧に切り抜けながら、相手にも立つ瀬を用意していた。
場所を選ばずタバコを吸う年長者に対しても、初はまず注意して相手の反応を探り、その後で尊重されるべき自分のニーズを表現することを心得ていた。
だから、この件がいつか「初が意図的に場を潰した」と噂されたとしても、非難されるのは決して彼女ではないだろう。
ビジネスの世界では様々な人間を見てきたが、場の言葉を真実に、美しく、偽りなく、知性と魅力を兼ね備えて話せる女性は、今まで朝比奈初しかいなかった。