第240章 あなただけが賢い

朝比奈初は以前、交通事故に遭い、死の淵から生還した経験があるため、長谷川彰啓は無意識のうちに彼女の体調を気にかけていた。

しかし、初の率直な物言いに比べると、彰啓の方がどこか落ち着かない様子だった。

彰啓は諦めたような表情を浮かべ、複雑な色を帯びた眼差しで、やや冷たい声で言った。「君は本当に僕を他人とは思っていないんだな」

初はスノーボードを止め損ねた瞬間、恐怖から思わず重心を後ろに傾け、結果としてゲレンデで開脚状態で転びそうになった。

痛くないと言えば嘘になるだろう。

「あなたは最初から医者の診察みたいな感じだったじゃない。私が医者の性別を気にして、恥ずかしさのあまり治療を諦めるとでも思ったの?」

彰啓が黙り込むのを見て、初は声を落とし、穏やかに言った。「実はそんなに痛くないの。さっき転んだ時、手で地面を支えたから」

「じゃあ、手首は…」

「手首は大丈夫よ、問題ないわ」手首が本当に無事であることを証明するために、初は椅子から立ち上がり、両腕を上げて彰啓の前で振ってみせた。

——

午後、スキー場を離れた後、初と彰啓は街を少し散策し、ついでに外で夕食を取った。

夜、ホテルに戻ると、上司の代わりに一日中仕事をしていた山口秘書が、仕事を終えた後も資料を持って彰啓を訪ねてきて、二人は仕事の山に埋もれていた。

初はソファの反対側に座り、黙々とiPadを開いて昨夜の絵の続きを描いていた。気づかないうちに、彼女はまた連続ドラマのようなストーリー性のある絵を描いていた。

檻の中に閉じ込められた小さな人物が無事に仕事を終え、女主人が彼を檻から出してやり、さらに外のランチミートも食べることができたという内容だった。

「長谷川社長、ご要望の資料はすべて整理しました」

彰啓は軽く「うん」と返し、淡々と言った。「そこに置いておいて、後で見るよ」

山口秘書はできることをすべてやり、最後に資料を分類するよう言われていたが、それも完了した。

今、彰啓は忙しくて顔を上げる余裕もなく、山口秘書は横に立ったまま次の指示を待っていたが、なかなか来ないので小声で尋ねた。「社長…もう帰ってもよろしいでしょうか?」

おそらく山口秘書のこの言葉を聞いて、彰啓はようやく我に返り、初もその場にいることを思い出した。