「君と木村弘恪はここで見ていて、夜7時までに須藤夏子をホテルに送り届けてくれ。私はちょっと出かけてくる」
宮平一郎は一緒に行きたかったが、今は須藤お嬢さんが若様にとって最も大切な人だと思い直し、結局残ることにした。
弘恪が用事を済ませて戻ってきたとき、そこには宮平一郎だけがいて、西園寺真司の姿はなかった。彼は特に何も尋ねなかった。
一郎は心配で退屈していたので、話題を振った。「誰か中に入って見ていた方がいいんじゃないか?もし須藤お嬢さんが目を覚ましたら、すぐに医者を呼べるし、他に何か問題があっても対応できる。こんなに長い間、お嬢さんがずっと目覚めないなんて、本当に心配でたまらないよ」
弘恪はただ淡々と言った。「入るな。何も問題はない」
彼は細心の人物で、真司が気づいたことに彼も気づいていた。
真司がいない時は、一郎は比較的弘恪の言うことを聞くほうだった。落ち着かない様子で外で2時間以上待ち、ようやく夜7時近くになると、彼はすぐに飛び上がって言った。「若様が7時までにお嬢さんをホテルに送るように言っていました。中に入りましょう!」
弘恪はこれが真司の指示だとは知らなかったが、一郎の言葉を疑うこともなく立ち上がった。しかし、まだ入る前に、先に駆け込んだ一郎が叫ぶのが聞こえた。「大変だ!須藤お嬢さんがいない!」
弘恪は急いで中に入って見ると、須藤夏子は本当にいなくなっていた!
——
その時、夏子はよろめきながら、自分でもどこだか分からない道を歩いていた。
夕方近くになり、夕日がまだ沈まないうちに空は灰色に暗くなり、にわか雨が来そうな気配だった。
冷たい風が吹くと、夏子は身を縮めた。
時間が経つにつれ、空気中の湿気はますます濃くなり、地面から蒸し暑さが立ち上り、まるで水と火の間を行き来しているかのようだった。
夏子は自分がどれだけ歩いたのか、どこにいるのかも分からなかった。おそらく悲しみの中で長く苦しんだせいで、すべてを忘れてしまったのだろう。しかし彼女の心の中には、ある方向があるようで、それが彼女を導いていた。
石川城太と深井杏奈の新居の前で足を止めたとき、彼女はようやく気づいた。城太が、依然として彼女の心の奥底に秘めた方向だったのだと。