「彼は性格が少し冷たいだけで、そんなに怖くないわよ」
須藤夏子は心にもないことを言って西園寺真司を弁解した。実際には弁解する必要などないと思っていたけれど。
自分の夫のことを、わざわざ他人と議論する必要はない。水を飲むように、冷たいか暖かいかは自分が一番知っているのだから。
でも彼女は少し悔しくもあった。他人に彼のことを誤解されたくなかった。
森本千羽はまだ信じていないような表情で、表情も目つきも西園寺が怖いということを物語っていた。
夏子は真司が冷たくなった時の殺傷力を過小評価していた。説明しきれなくなって、もう説明するのをやめた。
森本先生はようやく気づいて、人の夫についてそんな風に言うのはよくないと思ったのか、照れ笑いをしてから資料を持って仕事に戻っていった。
今、オフィスには夏子一人だけが残っていた。
夏子はパソコンを開いて最近入学した学生の資料を見ていた。ちょうど夢中になっていた時、携帯が鳴った。画面を見ずに取って出た。
「もしもし、須藤先生ですか?」
聞こえてきたのは見知らぬ声だった。実際には全く知らない声というわけではなく、彼女自身がすぐには思い出せなかっただけだ。
「須藤夏子ですが、どちら様でしょうか—」
「須藤先生は忙しい方ですね。私は櫻井静です。昨日お会いしましたよ」
夏子はやっと思い出して、急いで言った。「あ、櫻井部長でしたか。声がわからなくてすみません」
静は気にする様子もなく、本題に入った。「須藤先生、今日お電話したのは、お願いがあってなんです」
「私に?」夏子は自分にそんな力があるとは思っていなかった。櫻井が頼みごとをしてくるなんて。でも彼女は丁寧に答えた。「櫻井部長のお役に立てるなら、光栄です」
「実はね、昨日長谷先生の話をしたでしょう?ちょうど昨日の夜、長谷先生から電話があって、最近大きなテレビドラマのテーマソングを書いたけど、歌う適任者が見つからないと言っていたの。私に何人か推薦してほしいって。ご存知のように、長谷先生は今や大物音楽プロデューサーで、要求も高いのよ。私も音楽にはあまり詳しくないから、須藤先生にお願いしようと思ったんです」