橋本美智は目の前の青木佳織が何か悪いことをした少女のように手足をもじもじさせ、恥ずかしそうな表情を浮かべているのを見て、一瞬言葉が出なくなった。
彼女はようやく武田直樹がなぜずっと兄の女性を密かに好きだったのか、なぜ青木佳織が彼にとって手の届かない月光のような存在になったのかを理解した気がした。
彼女のあの儚げな姿は、おそらくどんな男性も抵抗できないだろう。
橋本美智の心は刃物で切られるように痛んだ。青木佳織が彼女の前に立った時、彼女は自分が完全に敗北したことを悟った。
なぜなら、かつて彼女は無意識のうちに青木佳織のこの弱々しく従順な態度を真似ていたからだ。
武田直樹の愛を得るために、彼女は自分の性格や夢を卑屈にも捨て去り、こっそりと彼の月光のような女性を模倣して自分を変えようとしていた。
なんて馬鹿だったのだろう。
月光のような存在が真似できるわけがない。
自分らしくあるべきだったのに!
胃の中がひっくり返るような感覚が再び襲ってきて、美智は思わずお腹を押さえた。
青木佳織は心配そうに尋ねた。「橋本さん、具合が悪いんですか?顔色がとても悪いです。座りましょう、こちらへどうぞ」
彼女は妊婦だったので、橋本美智は彼女に支えてもらうことを断り、自分でソファに座った。「大丈夫です、青木さん。もう謝罪は受け取りましたから、お帰りになっても結構ですよ」
青木佳織は「でも、あなたはまだ私を許してくれていません。帰れません。それに、あなた病気のようですね。直樹ったら、なんて不注意なんでしょう。あなたが具合悪いのに気づかないなんて。彼の代わりに私があなたのお世話をさせてください。彼に怒らないでくださいね」と弱々しく言った。
橋本美智は弱々しい妊婦に自分の世話をさせるわけにはいかなかった。「結構です、本当に大丈夫ですから。少し休めば良くなります。武田直樹は会社に行ったはずです。彼を探してみてください」
青木佳織はまだ帰ろうとせず、唇を噛みながら言った。「初めてあなたのお宅に伺ったのに、お茶も出してくれないんですか?やっぱり私のことを恨んでいるんですね?」
橋本美智は立ち上がった。「お茶は棚にあります。何が飲みたいか、ご自分で淹れてください。私は先に失礼します」
しかし青木佳織は頑固に彼女の前に立ちはだかり、行かせようとしなかった。「橋本さん、お茶を出してくれないということは、私を許していないということです。あなたが私を許さないなら、今日はあなたを行かせません。ちゃんとお世話をして、罪を償わせてください」
橋本美智は心の中で疲れ果て、これ以上彼女と言い争いたくなかった。「お茶を飲んだら、もう邪魔しないでくれる?」
「あなたがお茶を出してくれたら、絶対にもう邪魔しません」
橋本美智は台所に向かい、お湯を沸かしてお茶を淹れた。
お茶が淹れられ、青木佳織の前に出されると、彼女は一口飲んですぐに吐き出した。彼女は何度も謝った。「ごめんなさい、ごめんなさい、橋本さん。わざと吐いたわけじゃないんです。このお茶、とても熱くて熱くて、私は、私は…」
「淹れたばかりのお茶だから、当然熱いです。あなたのせいではありません…」
橋本美智の言葉は途中で止まり、突然表情が変わった。一日中抑えていた吐き気がついに爆発し、彼女は「うっ」と声を上げて吐いてしまった。
リビングには青木佳織の叫び声が響いた。「あっ!あっ!」
橋本美智がよく見ると、佳織の元は新品で綺麗だったドレスが、彼女の吐瀉物で覆われていた。
彼女の体からは不快な臭いが漂ってきた。
橋本美智自身もひどい気分になり、思わず二度ほど空嘔吐した。
青木佳織は怯えて後ずさりした。
橋本美智は急いで謝った。「申し訳ありません、青木さん。今日は本当に具合が悪くて、わざとではないんです。拭いてさしあげましょうか」
青木佳織は突然泣き出し、もう美智に構わず、顔を真っ青にして逃げるように出て行った。
橋本美智はため息をつき、洗面所に行って身支度を整え、リビングを掃除してから、スーツケースを引いて出て行った。
彼女は車で自分の家に戻った。
この家は母親が彼女に残してくれたもので、古い家ではあったが、彼女が温かく美しく飾り付けた、傷を癒すのに最適な避難所だった。
もちろん、3ヶ月住んでいなかったので、しっかり掃除をしなければならなかった。
忙しく動き回っていたのもつかの間、携帯電話が鳴り始めた。
彼女が電話に出ると、武田直樹の怒りを含んだ声が聞こえてきた。「美智、なぜ佳織を傷つけたんだ?」
橋本美智は少し戸惑った。「何?」
「佳織が流産したんだ!」