夕方。
武田直樹は早めに仕事を切り上げて帰宅したが、美智の姿はなく、代わりに青木佳織がいた。
「佳織、どうしてここに?」
佳織は特に優しい声で答えた。「橋本さんのお世話をしに来たのよ」
「君こそ人の世話が必要なのに、彼女の世話なんかしに来て何になるんだ。帰りなさい、もう遅いよ」
佳織はすぐに言いかけて止めた。
「他に何か?」
「橋本さんに朝食を作ったの?」
直樹はうなずいた。「作ったけど、どうした?」
「落ち込まないでね!」
直樹は無表情で答えた。「何で落ち込むことがあるんだ」
「橋本さん、あなたが作ったものをあまり好きじゃないみたいで、一口も食べずに出かけちゃったの。でも、必ずしも好きじゃないというわけじゃないかもしれないわ。単に食欲がなかっただけかもしれないし。少なくとも私はずっと、あなたの料理はとても美味しいと思ってるわ」
直樹はダイニングテーブルを見た。朝出かけた時と同じ状態のままだった。
美智は全く手をつけていなかった。
彼の作った食事を無駄にするなんて!
以前彼女が作った料理を、彼はいつ無駄にしたことがあっただろうか?
本当に恩知らずだ!
お腹が空いても自業自得だ!
彼の表情が冷たくなった。「彼女はもう出かけたのか?」
佳織はうなずいた。「朝早くに出かけたわ。ここでもう少し休んだ方がいいって言ったんだけど、私の言うことなんか聞いてくれなかったわ。直樹、私また何か悪いことしちゃった?ごめんなさい、彼女が怪我をしたって聞いて、心配になって様子を見に来ただけなの」
直樹はじっと彼女を見つめ、突然尋ねた。「いつ私の料理を食べたことがあるんだ?」
佳織は慌てて手を振った。「違うの、食べたことはないわ。でもお兄さんから聞いたことがあるの。彼はあなたの料理の腕前をとても褒めていて、何度も絶賛してたから、覚えていたのよ」
兄の話を聞いて、直樹の冷たさはかなり和らいだ。「確かに兄に料理を作ったことはあるけど、本当に褒めてくれたのか?」
「本当よ!彼はあなたのことをとても高く評価していたわ!」
直樹は黙り込んだ。
彼にとてもよくしてくれた兄は、もう亡くなってしまった。
佳織はさらに言った。「直樹、橋本さんのために新しい服も用意したみたいだけど、彼女は着なかったわ。ゴミ箱から古い服を取り出して、それを着て出かけたの」