半生を懸けた深い愛を私に注いでくれたあなたへ、永遠の安らぎをお返しします。
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夜は墨を流したように深く黒く、そよ風は優しく涼やかに吹いていた。
三月の茨城は、まだどこか肌寒く、空気にはほんのりと湿り気が漂っていた。
茨城の皇庭国際ホテル内、黒服のボディガードたちが誰かへ引き離されている隙に、小柄で機敏な影が素早くあるドアの前にやってきて、自らは非常に礼儀正しいと思いながらドアベルを押した。
永川安瑠(ながかわ あんる)はドアの前に立ち、静かに周囲を見渡した。その狡猾さと澄みきった瞳は、まるで夜空に瞬く星のように輝き、見る者の目を奪うほどの眩さを放っていた。
おそらく応答がないせいだろう、彼女は小さな手でドアベルをさらに二、三度押した。ノックしようと手を伸ばしかけたその瞬間、閉ざされていた大きなドアが、不意に内側から開いた。
安瑠は目を輝かせ、小さな手を思わずきゅっと握りかけた。そして、開かれたドアの向こうに現れた、冷ややかで美しい顔をまっすぐに見据えた。
三年ぶりにこの顔を目にしたとき、安瑠の心臓はやはり高鳴り、全身がじわりと緊張に包まれた。
「武内(たけうち)…」安瑠が声を発しかけたその瞬間、漆黒の、底知れぬほど深い瞳と視線が交わり、心の奥がかすかに震えた。
しかし彼は彼女を見つめて二秒も経たないうちに、ためらうことなく「バン」という音を立ててドアを閉めた。その動きは一瞬の流れの中で素早く、安瑠を完璧に締め出した。
「…衍(えん)」――安瑠が最後の一文字を口にした時には、彼はすでにドアを閉めていた。彼女が反応する隙さえ、与えられなかったのだ。
安瑠は、胸の奥を駆け巡る焦燥をどうにか抑え込みながら、泣きたい気持ちに襲われていた。彼は本当に、彼女をまともに見ることもなく、あっさりとドアを閉めてしまったのだろうか――。
「女性への思いやりってないの?美女を外で待たせるなんて、本当にひどいんだから…」安瑠は固く閉ざされたドアに向かって小さく文句をつぶやき、もう一度ノックしようと手を伸ばした。
そのとき、整然とした力強い足音が耳に響き、安瑠はようやく自分が見つかりかけていることに気づいた。角を曲がって人影が迫る直前、彼女は素早く隣の部屋のカードキーを取り出してスワイプし、すぐにドアを開けて中へ滑り込んだ。
黒服のボディガードたちが元の配置に戻ったとき、そこにはもう、誰の姿もなかった。
黒服のボディガードの一人が携帯電話を取り出し、部屋の中の人物に向かって声を潜めて尋ねた。「若様、さきほど何か異変はございませんでしたか?」
彼らはまさかの初歩的なミスを犯してしまった。もし中の者に何かあれば、九つの命があっても足りないだろう。
電話の向こうからは、冷たく淡々とした声が響いた。温もりも冷たさもなく、それでいて心の奥底に恐怖を刻み込むような声だった。「何もない」
黒服のボディガードたちはようやく安堵の息を漏らし、改めて警備に当たった。
しかし、彼らが警戒している人物とは、一体誰なのだろうか?
その時、衍は隣の部屋のバルコニーに立ち、隣室との距離を測っていた。
バルコニーとバルコニーの間の距離は約一メートルほどだ。ここは総統スイートルームであり、皇宮ゴールドカードを持つ客だけがこのフロアに入ることが許されている。そんな場所で、誰がバルコニーを乗り越えるような無謀な真似をするだろうか?
安瑠だけが、そんなことをするに違いない!
安瑠がこの部屋のカードキーを手に入れられたのは、心強い助っ人であり親友の葉山千恵(はやま ちえ)が、父親から借りてきてくれたおかげだった。もしそうでなければ、今日これほどスムーズに部屋に入ることはできなかっただろう。
安瑠は足元の地面をかすかに見下ろし、この高さに少し怖気づいた。そこで、ゆっくりと深呼吸をした。
「いち、に、さん、よじれー!」
言葉を発するとすぐに行動に移り、安瑠はバルコニーの手すりをしっかり支え、片足を柵にかけて思い切り跳び上がった。無事にこちら側のバルコニーから向こう側の端へ飛び移り、柵を掴んで体を引き上げ、中へと飛び込んだ。